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僕と拓郎と青い空 第二部

2023年4月30日 (日)

僕と拓郎と青い空 第二部 その4

バンドーさんの肩書は、OPマネージャーだった。

オペレーションマネージャーというのが正式だ。検品とかサービスカウンターとか

そういった裏方さんの総責任者と言ったところか。

なんか、最初から採用が決まっていたようで、履歴書をさっさとしまい込まれ

目の前に数枚の紙が置かれた。通勤費の明細を書く用紙とか、時給の書かれた

契約書とか、誓約書とかだった。通勤費はあとで提出することとして、他は

その場でサインし、ハンコを押した。

それから、バンドーさんは僕を促し検品所に僕を連れて行ってくれた。

検品所は、一階の店舗の裏側にありトラックが3,4台止められるようになっている。

そして、こじんまりとした検品事務所があり、僕を招き入れた。

検品事務所の外では、ジーンズに上だけ制服の作業着を着た、僕と同じような

年代の髪の長い男たちが、到着していたトラックの荷台から、なんか言いながら

荷物を下ろしては、数台の台車に振り分けていた。

僕は、バンドーさんに検品の責任者のハットリさんに紹介された。

ハットリさんは、まだ若いだろうけど白髪が多くて、ちょっと年齢不詳だった。

チーフと言う役職で、まぁ主任みたいなもんか。チーフと呼ぶようにと言われる。

そのほかにも、20代の女性のナカムラさんと50代これまた女性のフカワさん。

後はヒラキさんとリキタケさんと言う二人の男性社員と数名のアルバイトで検品所は

構成されてると、説明された。それからハットリチーフは、僕を店内の案内に連れ出した。

いきなり階段を昇る。え?エレベーターは?「エレベーターは原則禁止。」

それは聞いてないよ。7階の社員食堂に案内され、食堂のチーフのアダチさんに挨拶した。

6階寝具とかの売り場、5階日用品の売り場、4階子供服ほかの売り場

3階紳士服売り場、2階婦人服売り場、各売り場のバックヤードを案内されて

説明を受ける。なんか必要があるのかな?一階に戻り、靴売り場へ。

たまたま出てきた社員さんに、チーフが、うちの新人アルバイト、よろしくねと紹介してくれた。

続けて”よろしくお願いします”と頭を下げて、相手を見ると知ってる顔!あれぇ?先輩じゃん。

ミヤモトさんだった。中学の同級生のミヤジことミヤモトの2つ上のいとこのミヤモトさんだ。

同じ高校の先輩だよ。”おお、なんだよ、拓郎かぶれじゃないか。なにやってんだ?”

うん、そりゃ知ってるよね、僕らが拓郎かぶれだったことは・・・オイカワさんと同級だもんね。

”ここにはさ、先輩がまだいるから、あとで話しとくわぁ。”ちょっと、気が重くなった。

チーフがにやにやしてるのが、何となく横目に入る。「なに?拓郎かぶれって?」

「えっ?まぁいろいろいろありまして・・」説明すると長くなる。ごまかすしかない。

地下の食品売り場。鮮魚精肉、お惣菜。それぞれ責任者がいるらしい。そして、加工食品。

生鮮以外の食品を扱って店内最大の人員を擁する。のちに僕らと加工食品アルバイト軍団との

抗争とかが勃発するのだが、まだこの時は想像だにしていない。

しかし、検品係なのに、なんで全部に挨拶しに行った?わからん。

検品所に戻ると、みんな一段落したらしく、狭い事務所に集まっていた。

ヒラキさんとリキタケさんの社員コンビは、「リッキー・ラッキー」と言うコンビ名だった。

そして、アルバイトの親玉・・と言ってもとてもやさしい方だが、お店のビルの工事中から

工事のアルバイトをしていて、そのままお店のアルバイトにもなったというタケウチさん。

韓国のプロレスラーのキム・ドクにそっくりな、ワダノカツジがよろしくなって感じで

右手を軽く上げた。

なんか、岡本おさみさんへの道は、ちゃんと進めるんだろうか?

なんか不安なアルバイトの始まりだ。

 

2023年4月22日 (土)

僕と拓郎と青い空 第二部 その3

”オカモトオサミ道”は、アルバイト生活から始まった。

とりあえず、いろいろあった。本音は「オカモトオサミ道」だけれど

いきがって話すわけにはいかない。世を忍ぶ仮の姿「RONIN」だ。

いろいろあった。まぁ、別れもあれば出会いもある。新しい暮らしが始まった。

と、その前に車の免許を取った。父が宣う。「何をやるにしても車の免許は取っておけ」

先々、何の仕事をするにしても、今の時代、免許がなければ何もできない。

父は、自転車しか乗れない。苦い経験があったのかもしれない。

地元の教習所は、同級生でにぎやかだった。別の高校に行っていた幼馴染たちが

また同じ「自動車学校」で再会する。旧友再開なんとやらだ。男も女も高校の三年間で

グッと大人びた。自動車学校の中は、ちょっとしたナンパの場になっていた。

自分の幼き頃を知っている女の子と、今更デートなど誘う気も起きない。

起きないが、誘われたら断る理由が見つからない。教習を終えると真面目なのさと

言いたげな顔で、次の教習の予約を取っていると、声をかけてきた女の子がいた。

ニッタシズコだった。親父さんは豆腐屋で、大のジャイアンツファン。巨人が負けた

翌日の豆腐は、出来が悪いともっぱらの噂だった。

「来週、卒検なの」と言う。早いな。こちらはまだ、ようやく路上に出たばかりだ。

何となく、駅までの送迎バスでは一番後ろシートに並んで座った。

3月の日暮れは、まだ早い。バスの窓から傾いた夕日がまぶしい。

赤く染まる車内で彼女はよくしゃべった。

4月からは、短大に進むこととか、両親がどうのとか、そんな話もおまけに並んだ。

「受験残念だったね。予備校行かないの?」ギョッ!何で知ってんだ?「この前、マエダ君から聞いちゃった」

マエダと言うのは、小学生の時に一番仲が良かった奴だ。あいつは、誰に聞いたんだ?

噂と言うのは、こうやって広がるんだなと実感する。

「まぁね。いろいろやりたいことがあるんだ。今しかできない事ってあるじゃん。」

彼女はわかったようなわからないような顔をして、フフフと笑った。

それから、免許をお互い取れたら、ニッタ家のバンでドライブに行こうと約束させられた。

逆ナンてやつか。しかし、待てよ。車にはカーステレオがついている。

そこに拓郎のカセットテープを入れて、ガンガンに鳴らしながら車を走らせる。

新しい形だ。いいぞいいぞ。車を買うことまでは、まだ考えが行かなかったけど

免許をとったら、次は車だな。そんな事を考える。

駅に着く。送迎バスから降りると、「今度電話するね」と、明るい声で言う。

中学の卒業名簿の住所は変わったけれど、電話番号は変わってないと、僕は告げる。

なんだか、ペースにはまった気がした。いったん背を向けた彼女は、もう一度顔を僕の方に

向けた。私服の大人びた彼女の向こう側に夕日が見える。なんだか、いきなり安っぽいドラマの

恋人同士のシーンみたいだ。確実に彼女は幼馴染から卒業して、なんかチクリと胸に痛みを与えた。

駅前の唯一の喫茶店「小公子」の看板が目に入った。

「ねぇ、コーヒーでも飲んでいくかい?」と、言い出した時にはその音量では届かない距離になっていた。

追いかけていくのもなんだかなと思い直し、そして、財布の中身が心もとない事にも気が付いた。

きっと、マエダからいろいろ聞かされたに違いない。それで、ちょっと興味を持ったのかもしれないな。

そう思わないと、「オカモトオサミ道」の妨げになるとも限らない。僕は、追いかけもせずに

その場で、今さっきのチクリとした痛みを楽しんだ。

それからしばらくして、僕も卒検に受かり、無事に免許を所得した。

そして、それっきりニッタシズコから連絡は来ることはなかった。

 

取得したばかりの免許証が、「免許」の欄に書き加えられた履歴書を、僕はちょっと陰湿そうな

だけどどこかユーモラスさを醸し出す面接官に、差し出す。バンドーというその面接官は

履歴書越しに僕を見ていた。「それじゃ、君には検品係をやってもらうから」

そういきなり言われた。検品係?

僕のオカモトオサミ道がいよいよ始まった。

 

 

2023年3月13日 (月)

僕と拓郎と青い空 第二部 2の続き

つま恋に行ってくる。そう伝えても、それほどどの親も心配してくれなかった。

それだけ僕らは大人に近づいたのだ。二年半前の僕らとは違う。

そして、これからまた三人で何かをするってことが、あるかどうかも分からない。

これからの道のりで、たぶん新しい出会いがあり、新しい生き方がある。

ただ、今日のこともあの日のことも、きっと忘れないだろう。

茶畑を伝って吹いてくる風は、春の風だった。いろんな思いを包み込んでくれる

優しい風だ。

話は尽きない。尽きないが、3人とも黙り込んで歩く。

僕らは、それぞれの道を行く。クマガイとカナザワ君は違う道だけれど

当分は隣り合った道を進むに違いない。僕は、僕だけ方向が違う道を行く。

そいつが、3人を黙り込ませる。

いい天気だ。僕は”春の風が吹いていたら”を歌い始めた。クマガイは僕が歌い終わるのを

待って”春だったね”を音程を外しながら歌う。そして、3人で”春だったんだね~♪”と

歌い終わるころ、あの南ゲートにたどり着いた。

人のいない多目的広場は、ただのすり鉢のくさっぱらだ。僕らはあの日の土手に腰を下ろし

3人と過ごした3年間を思う。こいつらと出会わなければ、ここにいないし、違う道を目指して

今頃は、何をしてるんだろう?

結局僕らは、あれから拓郎のコンサートに行けてない。行けてないというより、拓郎はやらなかった。

やってはいても、”行ける”場所ではなかった。つま恋の拓郎がすべてであった。

僕らは、その晩静岡の旅館に泊まった。天井を見ながら、たわいのない話で夜は更けて行った。

 

それからの僕は、スーパーの検品のアルバイトに精を出す日々を送るのだった。

仕事よりも、僕はその人間関係で大いに悩まされることになる。

 

 

 

 

 

2023年3月 5日 (日)

僕と拓郎と青い空 第二部 2

僕らは、いろいろあった高校生活を卒業した。吉田拓郎とともに、3年間は過ぎて行った。

クマガイとカナザワ君とは、「ともだち」だ。やるせない思いを胸に・・ってやつだ。

僕は、なんか得体のしれない世界に飛び込もうとしてる。そいつはみんなが経験するような

ありふれてる世界とは真逆のような気もする。きっと後悔するだろう。でも今はそれでよしと思った。

大学の入学式までには一か月ある。もっとも僕には関係ない。すでに、”浪人”と言う体で

バイト先を決めていたし、すでに初めていた。

全国チェーンを展開する大型スーパー”I”の検品係だ。叔母二人がパートで働いていたので

バイトの口を紹介してもらったのだ。そして、面接のあとに配属されたのが、検品係だった。

店に入る商品や用度品のすべてをチェックするという裏方の仕事だ。この先は、後回しにして。

 

僕ら三人は、卒業式のあと一つの計画を立てていた。

つま恋に行こうぜ!しかも今度はちゃんと電車でさ。クマガイが言い出した。

そして、ちゃんとした旅館で一泊しよう。僕とカナザワ君に異論はなかった。

平日の東海道線は、意外と混んでいた。普通列車の乗り継ぎ。座れたり、座れなかったり。

掛川についたのは、お昼過ぎだった。木造駅舎は相変わらず。僕らはいつかの食堂を探した。

記憶があいまいになっていて、たぶんここだろうと、のれんをくぐる。

大丈夫、その店の中に入ると、テーブルも椅子も見覚えがある。

注文は、当然かつ丼3つである。たいして覚えてないけれど、あぁこれだこれだと

無理やり懐かしむ。食べ終わると、それぞれがテーブルの伝票にお金を置く。まとめて払う係は

クマガイだ。自分がおごってやったという顔をして、おばさんに会計してもらってるのを横目に

僕とカナザワ君は、外でクマガイを待つ。

おそらく、カナザワ君と二人きりになる場面は、この小旅行の中で多くないはずだ。

僕は、カナザワ君にどうしてもお礼を言いたかった。カナザワ君は、”かぐや姫”を聞いて

元気になるんだと言った。歌を聞いて元気になれる。そいつを教えてくれた。

思えば、あれが出発点だ。僕はこれから、君たちとは違う道を行く。その道の原点は

”歌を聞いて元気になる”だ。道を定めてから、ずっと思っていた。カナザワ君にそれを言おうと。

「カナザワ君、俺、君にお礼を言いたいんだ・・」と切り出したところで、クマガイが出てきた。

クマガイは元々背の高い男だ。それがこの3年間でまた伸びた。僕はお店ののれんの下の方を掠るけど

クマガイは、のれんが顔にもろにあたる。当たったのれんを、顔を左右に振ってクマガイが

「お待たせー!」と、待ち合わせに遅れた女の子のような口調で言う。

カナザワ君との会話はそれで途切れた。クマガイの言い方が、やけにツボにはまって、僕らはそれぞれ

大笑いしながら、いつかの道を辿った。

 

 

 

 

2023年2月14日 (火)

僕と拓郎と青い空 第二部 1の続き。

(1)の最後に数か月前と書きましたが、あの部分は削除しました。

続きです。

 

封筒を渡し、代表である僕の連絡先を記し、女性に会釈をして辞す。

ビルの中にいたのは、わずか10分にも満たなかったろう。しかし、

何かが動き始めた感触があった。成功か失敗かどちらに行く道かわからない。

とにかく、動き始めたんだ。

そして、さっき電話した酒屋の前で、立ち止まり考える。

今日のことを仲間にどう伝えよう?みんな、いろいろ聞きたがるに違いない。

でも、ただ、作品を受付に置いてきたと伝えるほかはない。きっと、みんな

がっかりするんだろうな。でも仕方ない。いくら約束したと言っても、あちらにしてみれば

来るか来ないかわからない小僧の約束より仕事が最優先だ。

来た道を帰る。駅の改札のアルバイトの学生は、本職の駅員に代わっていた。

来た道を帰るけれど。もう同じ道ではない。これは一つのきっかけに過ぎないんだ。

そして、今日が終わりじゃなくて始まりの日なんだ。そうみんなには伝えよう。

 

僕は、同級生だったクマガイにそそのかされて、岡本おさみさんになろうとしていた。

吉田拓郎になると宣言していたクマガイは、高校卒業とともにそいつを捨てて大学生活を

エンジョイすると宣言した。

カナザワ君は、希望通り学者の道を目指して進学した。

僕は・・・・どうやったら岡本おさみさんになれるか、その方法を模索していた。

進学も就職もせず、アルバイトの道を選んだんだ。

そこで・・

 

 

2023年2月11日 (土)

僕と拓郎と青い空 第2部 1

第二部に於きまして、時系列は都合の良いようにしてあり

多少おかしいんじゃないか?と思われても、それは許せ。

とりあえず、篠島の一年後からの設定だ。

 

平日お昼過ぎの山手線は、吊革につかまってる人の方が少ないくらい

閑散としていた。新宿駅から乗り込んだ僕は、21年の人生の中でも

最も緊張した時間を過ごしている。目的の駅までの数分間、吊革につかまった

左手の手のひらは、気持ちの悪い汗でぬるっとした。後につかまる人には

迷惑な話だ。

二駅で原宿につく。電車の扉が開き、僕はホームに飛び出した。それは、自分への

鼓舞だった。今から戦いが始まる。そんな気分でいた。

右の肩に掛けたバックの中には、仲間が演奏したカセットテープ・歌詞カードと

間違いだらけの譜面が入っている。譜面など、間違っていてもいい。少々のはったりだ。

そのバックをもう一度肩に掛け直し、そして左手でバンドをつかむ。落としてはいけない。

僕らの夢が詰まっているバックだ。

半袖シャツの改札掛けは、高校生のように見えた。おそらくI高校の実習だろう。そいつに

切符を手渡し改札を抜けると、表参道の上を青空が広がっていた。

梅雨が明けたばかりの空は、汚れ物をすべて洗い流した後のように真っ青だった。

そして、太陽。暑い。ボタンダウンシャツの下に着ているTシャツが背中の汗を

吸い込んでいくのがわかる。口の中の渇きを唾液でごまかし、僕は信号を渡る。

明治通りの歩道を歩く。目的地は歩いて5、6分。近づくにつれ、口の中がカラカラになる。

それは暑さのせいではなくて、やはり緊張のせいだ。酒屋の前の路地を入れば、目的地はすぐそこだ。

酒屋の自販機で、缶コーラを買う。プルタップを引っ張って開ける。プルタップを指にはめたまま

半分ほど、一気に喉に流し込む。緊張が最高潮になろうとしていた。

目の前の電話ボックスに入り、メモに書いておいた電話番語をプッシュする。

3回目の呼び出し音で、先方が出た。女性の声だ。「はい、Y音楽出版です。」

なにか、僕らは実力以上の事に無謀すぎる挑戦をしようとしてるんじゃないか?

なんだか、さっきまでの緊張が、怖さになって戻ってきてる気がする。

勇気を出して、次の言葉を絞り出せ。そう自分にけしかける。

「あの、一時半に伺うことになってます”あそちゃん”ですが、あの、Tディレクターに

お約束していただいてるんですが、あの、そばまできてるんで、・・」

自分でも要領を得ない話をしているのがわかる。わかるけど、上手く話せないんだ。

気持ちが空回りする。

女性が優しい声で答えてくれる。

「申し訳ございません。TはあいにくNのレコーディングで不在なんですが・・」

最高潮の緊張感が、一気に引き潮のごとく遠ざかっていった。

T氏に会ってみんなの夢を託せないという事実。それをどうするか。

僕は、女性にN放送局のS氏の紹介で、Tさんに会う約束をしてたんだがという事を

告げると、要件を聞かれた。

正直に言う。「楽曲の売込みです。」

「それではこちらで、お預かりしましょうか?」と電話の向こうから、ほっとする言葉が

戻ってきた。道順を聞いて、そのビルにたどり着く。受付の女性は、電話の声の主だった。

僕らの約束なんぞ、守られなくても当たり前なのに、Tさんに代わってお詫びしますと

言われ、頭を下げられてしまった。もうそれだけで、僕は軽いパニックだ。

正直何をどう説明したかもわからず、バックから紙袋に詰めた「夢」を渡して

それから、住所やら電話番号を聞かれ答えた。