僕と拓郎と青い空 (60)
夜行列車の出発は夜の10時に近い時間だった。
上野駅には、8時前には着いてしまった。何しろ初めての旅だ。
小さめのボストンバッグをぶら下げて、適当に駅を出てみる。
バスとタクシーと人の多さ。繁華街のほうに行く勇気もなく構内にある
日本食堂で夕食を摂ることにした。
思いのほか、中は広いその食堂の片隅のテーブルに座る。
券売機で買った食券をウェイターに渡すと、ほどなくかつ丼とみそ汁が目の前に置かれた。
古びた天井に跳ね返された店内の喧騒。何となく都会と言う感じのしない人たちの会話が、耳に飛び込んでくる。
上野は、オイラの心のえーき~だー・・なんかそんな歌を、親父が歌っていたなぁ。
「制服」って東京駅より上野駅の方が似合う気がする。あぁでも大阪に行くんだったら
やっぱり東京駅の方だよな・・なんて考えながら僕は黙々とかつ丼を口に運ぶ。
美味いとか不味いとか判断を許さず、ただ空腹を満たすために食べている。
騒がしい店内から、早く抜け出したい。左の頬をプクンと膨らませ、僕はかつ丼を平らげる。
国鉄の改札前には、座る場所も時間をつぶす場所も見当たらない。かといって一人で喫茶店も
なんだか気が進まぬ。
一泊分の着替えなどが入ったバッグはそれほど重くもないので、コインロッカーに預けるまでもなく
手に持ったまま、京成電鉄のほうに向かった。そこは、人も少なく静かで、落ち着いていた。
何か所かにチューリップハットを大きくしたような円形のシートがあって、そこに座る。
バッグを足元に置く。天井を見上げると、やっぱり年季の入った、国鉄より低い天井があった。
その時、いつの間にか隣に座っていた40ぐらいだろうか?男に声を掛けられた。
「お兄さん、仕事探してるの?」
(え?どういうこと!?)
「お兄さん、仕事ならあるけどどうだい?」男は続けて言う。
これって、完全に田舎から出てきた家出少年と思われてる?
僕のファッションは、オレンジ系のボア付きチェック柄のCPOジャケット。
それに紺のコーデュロイズボンにBIGBENのスニーカーと言ういでたち。
家を出るときは、結構決まってると思ったけれど、家出少年に間違われるとは!
「いや、あの僕、これから北陸に旅行なんです。」そう答えた。
「え、あぁそうなのか。そりゃ悪かったな。北陸かぁ。俺の田舎は高岡なんだぜ」
男は、僕が聞きもしないのに、北陸の話を続けてる。
「いいところだぜ。」そう言って話が終わった。気をつけて行けよみたいな
言葉をかけて男は、席を立った。
なんだか怖くなった。やっぱり人混みのほうが良い。僕は国鉄のほうに移動した。
上野駅は櫛型ホームだ。行先別にずらっと列車が並んでいる。北の玄関口。
ようやく時間になり、僕の乗る「能登」が入線してきた。寝台もあるけれど
僕が乗るのは自由席である。対面のボックスシート。窓際の席を確保して、一息つく。
発車時間が近づくと車内は満員に近い状態になった。仕事なのか旅行なのか帰省なのか
なんだか、そんなのが入り混じった感じの車内。
旅慣れてるのだろう、売店でもらってきたタバコの入っていた段ボールケースを開いて
通路の隅に敷き座っている人もいる。
発車して大宮でかなりの人が降りた後は、乗り降りもない。
減光された車内は静かだった。僕は窓の外を見てる。窓の外を見てる僕が窓に映る。
窓の外を見てるようで、僕は僕を見ていた。
今頃は、みんな新しい生活の準備なんかで忙しいんだろうなと思う。
それにくらべて、僕は何をしたいんだろう?どこへ行きたいんだろう?
窓に映る僕が、答える。
「心配するな、なるようになる。」
いつの間にか、うとうとしていた。起きた時にはあの男の故郷の高岡だった。
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