« I'm in Love | トップページ | 挑戦状? »

2024年6月16日 (日)

今年も打ち上げるよ。

B2判のおまけでもらったポスターを、フレームに取りつけて玄関にかざる。

でかい。でかいは正義と言ったが、そうでもなかった。ひときわ目立つ。

例の七福神の下の2019のポスターの横に飾ったのだが、ちょっとバランスが

よくないなぁと。しかし、飾っちゃったからもうこれで行く。

 

我が街はごみの分別には結構うるさい。

隣の町のごみ収集は、結構緩い。

なんでも焼却炉が違うらしい。高温で焼いちゃうから有害物質が出ないという。

我が街は貧乏なので、焼却設備にしろ更新が進まないらしい。

プラごみ、燃えるゴミ、資源ごみ。燃えないゴミなどなど、分別する。

もえるゴミに金属とかが混入すると、後処理が大変らしい。ひどいときは

焼却炉の停止に至るとか。数年前に地区の衛生委員だったので勉強した。

最近では草木類てのも追加された。なんでも剪定された木とか葉っぱとかは

肥料とかいろんなものになるので、資源扱いになった。

混ぜればごみ、分ければ資源ってことだ。

いい年ぶっこいて(最近このフレーズ気にいってる)、吉田拓郎よ!

そんなことも知らずにいたのか。ごみ一つで、未来が変わる。

 

そうか、やっぱりなと思う。

歌の言葉は、詩ではない。詞であって作文や、ポエムであるはずがない。

最近の歌は、やたら状況説明みたいな言葉が多い。

ただ言葉を並べりゃいいってもんでもない。逆だ。

岡本おさみ氏の著書の中でも語られているけれど、言葉を削る。これに尽きると思う。

短ければ短いほど、歌の言葉は生きる。たったの一言で、すべてを伝えるのがベストだと思う。

短い言葉で聞く側に、幅を持たせる。そいつが名曲だ。

僕が、草野心平氏に昔傾倒したのも、そんなところに惹かれたからだ。

 

例えば、好きだって伝えるのに、好きだって言う以外にないわけだ。

どう伝えるかは、歌う人次第で、作詞の役目はそれでおしまいだ。

好きだって叫ぶように歌うのか、つぶやくように歌うのか、微笑んで

好きだって言うのか、それが、歌手のわざだ。

それを、君のこんなとこがどうのこうで、だから僕の気持ちにあぁだこうだ。

必要ないと思う。

中には、そんな歌手もいらっしゃいますよ。さだまさしの歌は、なんか台本を読んでるみたい。

だけど、あれにしたって相当言葉を削っていると思う。

 

イメージの詩は長い。アジアの片隅も長い。ファミリーも長い。

長いけれど、一つ一つの言葉は短い。くどくどとした説明はない。

だから名曲なのだ。と思うよ。

あくまで、個人的感想と思い入れなので、そこんとこよろしく。

 

ところで、ところで、去年は燕三条で花火を打ち上げた。

今年も計画してたのだが、同じ場所でやってもな・・それとメッセージが短い。

そこで、他の場所を探しているのだが同じ新潟の、メッセージ花火オンリーの

花火大会があるらしい。今年は別に伝えたいことはないんだが、お世話になった

方々の名前を入れて読み上げてもらおうかと思っている。

それと別に、ちょっと面白いことを考えているんだ。場所がちょっとと遠く

北海道なんだけど、これは夏でなくてもいいんで、秋にでも計画中。

近日公開予定。ニューアルバムが発表されたら、その記念にやっちまおうと。

期待はしないで待っててくれ。

 

さて、今週いっぱいで現在の職場を去る。知ってる人は若い係長だけ。

金曜日に、今日でやめるから、と発表するつもり。

それが俺流ってやつだ。

 

 

« I'm in Love | トップページ | 挑戦状? »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« I'm in Love | トップページ | 挑戦状? »