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2023年7月

2023年7月28日 (金)

太陽になれ

唄の言葉を石に刻み込みモニュメントとして、建てる。

悪いことじゃないけど、あまりいい趣味とも思えない。

唄の言葉は、メロディーがあって初めて言葉になる。初めて意味を持つ。

そんな風に思う。

刻まれた言葉は、ある意味封印されちまったような気がする。

モニュメントの中で身動きが取れずに、居心地悪そうに時を見ている。

 

しばらくの間、吉田町の唄の歌碑を見ていたけれど、ふれあい広場に訪れた人で

立ち止まる人は僕一人。建てられた時は、何人もの人が、へ~と思いながら

眺めたかもしれない。でも、2回見る人はいないよね。物好きな拓郎ファン以外に。

唄の言葉は、そこに置きっぱなしじゃだめだ。唄わなきゃ。

若者共和国も結構いい年共和国になっているだろう。

おきざりにした吉田町の唄を一体どうするつもりだろうと思う。

懐古趣味でアコギ抱えて仲間内で公民館で集まって和気あいあい。

もったいないね。吉田拓郎に曲作りを依頼した情熱は、歌を作ったことで

満足しちゃって消えちゃったんだろうか?

継続は力なり。なんかやりゃいいのに。

 

ところで、吉田町の唄の歌碑。僕の印象は、まったくセンスを感じない歌碑。

歌詞を全文載せてるところにセンスの悪さを感じる。

近付かなければ、何が書いてあるかわからない。それじゃだめだ。

だいたい、吉田町の唄は、ごちゃごちゃと長いけれど、言いたいことはただ一つ。

”子供たちよ、元気で育て”って事なんだよ。

僕が意見を出すなら「のびやかにしなやかに育てよ子供 やがて大地踏みしめ太陽になれ」

ここだけをでっかい文字で、しかも縦書きで刻む。

ばーちゃんと海行ったとか、ねーちゃんが歌ったとか、とーちゃんが名前を付けたとか

それはおかずみたいなもんで、思いは、これだけなんだよ。

そうすれば、多少離れてみても、読める。ふれあい広場に似合いだ。

歌なんてそんなもんだ。どんなに長い歌だって、言いたいことはその中の一行二行なんだよ。

それをわかってない。吉田拓郎さんが作ってくれたから・・みたいな遠慮なんていらない。

言葉なんて、短ければ短いほど心に突き刺さるものだ。

この歌碑、残念だったね。

あぁ、あくまで個人的感想です。

 

 

 

2023年7月26日 (水)

花火見物に虫よけは必需品

吉田町の唄をライブで聞いたのは’92のALONE TOURだと思っていた。

ずっと思ってたんだけど、どうやら間違いだったようだ。

detenteの時だったようだ。人間の記憶などあてにならない。

そうだ、藤沢だった。で思い出す。そうそう、取引先の女性を伴っていた。

車はHONDAだった。唯一かもしれない僕を好きになってくれた女性だった。

記憶がだんだん鮮明になってくる。吉田町の唄あたりで、ちらりと横顔を見た。

薄暗い中の彼女は、まさに興味のないテレビ番組を見ているようだった。

いろいろあって、別れた。遠因はこのライブだったのかもしれないと、思い返す。

吉田町の唄が作られた経緯は、ご存じの通り。いまさら説明することもない。

メッセージ花火を打ち上げるなら、まったく無縁の町より少しでも吉田拓郎に縁のあるところで。

そう思うのは、間違ってないと思う。

調べると、吉田町は合併されもうない。いや地名は残っている。しかし、燕市だ。

燕市の中の、元吉田町。まぁいいじゃないか。幸いメッセージ花火を打ち上げられるってのも

何かの縁を感じる。思い立ったんだ。やろう。

メッセージは40字以内と決められていた。一番強く思う事を言葉にする。

それは、感謝だ。そして労わりだ。それをメッセージにした。

いろいろあっても、ずっとファンだぜ。感謝をこめてお疲れさま。

そういう思いだ。

そして、今は亡き小池君にも感謝だ。そして追悼だ。

彼が居なかったら、たぶん見出し人間はすぐにやめちゃったかもしれない。

だから、彼の分もどうしても入れたかった。

彼のことを知らない人も多いかもしれない。しかし、あの黎明期に存在した

同人通信こそが、僕もそうだけど王ピクを持続させた源なのだ。

吉田拓郎とともに、彼を忘れないで欲しい。そういう思いもあった。

僕自身には、縁もゆかりも知人も友人もつても何もない燕市で、そんな思いを

込めたメッセージが流れた。おそらく、限りなく100パーセントに近い観客は

そのメッセージを聞き流してただろう。それでいいのだ。

”お疲れさまでした”とアナウンスされた時、僕の中の拓郎ファンである部分が

しっかりそいつをとらえてた。

花火は、一瞬あたりを照らし、すぐに消える。あっけないくらい。

吉田町の唄を作らせた町だ。一人二人は、僕のメッセージを受け止めたやつが

いたかもしれない。拍手も起きなければ、歓声もない。ただ、花火の発射音と

火薬が破裂する音だけが、響き渡る。

僕のメッセージは、跡形もなく消えて、次の誰かの思いに移っていった。

そもそも、花火大会にはトラウマじみたものもある。

僕は自分の花火が終わったら、空を見上げてる人を横目に、一人帰り道につく。

人混みを抜けて、昼間の暑さが残ってはいるものの、絡みつくような気持ち悪さはがない

田舎道を歩いていく。燕市に混雑具合を確かめた時に「都会の花火と違ってのんびりしてます」

と言うような説明をされた。なるほど、田んぼの道に椅子を持ってきて打ちあがる花火を、

あちこちで家族単位で見ている。こういうことか。

宿泊先のホテルに、一人歩く。花火があがるたびに足元だけでなく、行き先が明るく照らされる。

花火は吉田拓郎だ。僕の心が暗くなると、そのたびに明るく照らし行き先を示してくれた。

空の上で春だったね君は、聞いてくれていただろうか?あのメッセージを。

そうか、空の上に行った恩人たちはまだいっぱいいる。また来年、やるか。

観客のためにやるんじゃなくて、僕の為にやる。拓郎にゆかりのある街。そこを探して。

どうせなら、もっと派手な方がいいな。終わったと思っていたファン道。

しかし、メッセージにもした”ずっとファン”が心に刻まれた。

自分の命がある限りは、やっぱりファンだなと思う。

さて、次はどこで打ち上げようか?

 

次回のお題は

吉田町の唄の歌碑についてです。

 

2023年7月24日 (月)

しょぼいんだよね。

まぁあれだけ言っといて、知らん顔もできんので

動画を載せますがね。

正直なところ、しょぼいんだ。花火の種類を選べないんで

運営がこれって決めるらしいんだけど、他に比べてしょぼい。

編集で他とすり替えちゃおうかと思ったけど、それもなんだかね。

でそのまま載せます。

それと、こちらでお願いしたメッセージを間違えられて、それは不満。

こちらで依頼したメッセージ内容はね。

--------------------------------------------

拝啓 吉田拓郎様

今日までそして明日から”も”あなたのファンです。

お疲れさまでした。

同人通信春だったね&見出し人間

-------------------------------------------

でありました。”も”を抜かされちゃったよ。

そして、どうしても”春だったね君”の名前も入れたかった。

彼抜きにして、吉田拓郎は語れない。

花火については、明日以降伝えたいこともあるのでしばらく続きます。

 

それとさぁ、やっぱりスマホで撮ったんだけど、きれいじゃないなぁ。

そりゃそうだよ、動画なんて撮らないもの。

まぁ、ほんとにやったよと言う、証明書みたいなもんです。

いや、来年はもっとお金をかけて、しかるべきところを見つけて

やろうと思う。今回限りと思っていたけれど、今年は予行演習だ。

みてろよ、来年を。

 

 

例の歌碑

新潟は燕市。夜までは暇だったんで例の歌碑を訪ねた。

吉田町の唄の碑だ。

吉田ふれあい広場と言うところの、皇太子お手植えの木の横に

それはあった。そう、ぽつねんとね。

Dsc_0423 こんな感じだよ。

Dsc_0424写りこんでいるのは、小生でルフィではない。

確かに子供たちの遊んでる場所に設置されてて、唄の内容と合致してる気もするけど。

それにしても、なんでこんな場所なんだ?と考えをめぐらす。

わかった。これだ。

Dsc_0421 Dsc_04211

多目的広場。その多目的広場を見渡せるように設置されている。

なるほどね。

その多目的広場とは・・

Dsc_0431 Dsc_0428

こんな感じ。

まさか、吉田町若者共和国の連中は、ここで・・・

 

 

 

2023年7月18日 (火)

届いた手紙

何となく、思いついたら面白そうだったんで

やってみるかと、実行するメッセージ花火。

申し込んではみたものの、本当に受け付けてくれてるのか?

と、ちょっと不安だったけど、今日ちゃんとお知らせが来ました。

Img0061

とりあえず、個人情報とメッセージの内容は、伏字にさせていただきました。

新潟県の燕市ってところで、夜の8時10分頃に、僕の感謝がポンッと弾かれて

それで終わる。

旧吉田町がある街燕ってセレクトが、気に入っている。

お近くの方・・・はいないと思うけど、暇がある御仁は、覗いてもらうと

それはそれで有難い。

 

2023年7月16日 (日)

海の日は仕事だ。

いや、マジ暑い。言い古されて(書き古されてか?)きたけれど

暑いって言うより熱い。酷暑日だってよ。気象庁の言葉ではなくて

日本気象協会が作った言葉だってさ。どっちにしろ、嫌な響きだ。

陽水さんの”カンカン照り”を、つい歌っちまうよ。余計暑くなるけど。

陽水さんも、カンカン照りだぁって歌ってみたり

吹雪吹雪氷の世界って極寒を歌ってみたり

ねぇきみぃって、桜の春を歌ってみたり・・・

あぁ、それで季節は巡りあなたを変える・・なのか。

とにかく、あさからエアコンフル稼働なんだが、空気清浄機の温度計が

29℃から下がらないってのは、いったい外は何度なんだよと思う。

 

そんな暑い日本列島で気になる事と言えば、夏の高校野球甲子園大会。

クッソ暑いなか、全国で予選会。こんなに熱いのに、予選会などよさんかい。

高校生の頃から思っているのだが、なんで一番暑いときにやる?

ずーーと変わらない。なんで一番暑い時期をわざわざ選ぶ?

体にいいわけないだろう。しかも、あれから数十年を経て、今の夏の暑さは

尋常を越えて殺人的に変化してる。先日も九州だかどこかの予選で投手が

熱中症の警告ともとれる足をつったとか。それを見た相手チームが水を差しいれたとか。

いろんなルールがあるらしくて、見るに見かねてらしかったんだけどね。

おかしいだろう。日中の外での作業や激しい運動は避けると推奨しておいて

一番暑い時期の昼間に、外で野球やってる。大会関係者はアホかって思う。

3年生の受験とかいろんなタイミングもあるんだろうけど、もう変えた方がいいよ。

春夏2回やらなくてもいいと思うし。そもそも、4月はじまりってのがいけないんだよ。

よその国みたいに、9月を基準にすれば、クリアできることって多いいと思うんだけどなぁ。

まぁ、ご苦労なこった。

 

いやいや、こんな暑いときに、熱い記事はやめよう。

遠くでセミの鳴き声を聞きながら、ごろごろしてるの一番の贅沢だ。

それにしても、来週の新潟も暑いんだろうなぁ。

なんか、行くのが面倒になってきたよ。運営で動画撮ってくれないかな。

一晩家を空けるために、猫の世話を頼むが大変なんだよね。

まぁ、しょうがないか。

 

あぁそうそう、ビッグエッグのコンサートで、駐車場のトイレにて

今は亡きかまやつさんと、連れション状態になったのって、お話してましたっけ?

とてつもなく嫌な気分になったライブがビッグエッグ。

保険屋さんがぁとかステージが遠いとかそうじゃなくて

客席にビールの臭いが、充満してたんだよね。あれは最悪だったなぁ。

と、言ったところで週に一度は存在証明でした。

 

2023年7月10日 (月)

どこかで仕入れた噂話

”忖度”と書いて、”まぁいいじゃぁねぇか”と読む。

たくろう、じゃなくてたつろうの件だ。

あの事務所の総帥が亡くなってから、いろいろ問題が

噴き出して、収まる気配がない。そういうのって、亡くなる前に

騒いでおけよ。いや、騒ぎになりかけたけど、忖度か。

 

商売に於いて、意に反して正義を引っ込めて、無理を通すこともある。

正しい事を正しいと思っても、奥歯で噛みしめて飲み込むこともある。

商売ってのは、そんなもんだろう。

音楽やら芸能を商売にしている以上、上下関係やら力関係、いろいろあって

こぶしを振り上げたくても、こぶしを広げて、手を挙げる格好にもなる。

わかってやれよ。心の中では、雨の中、傘もささずに歩いて涙を隠してるはずだ。

 

しかしな、山下達郎のあの発言は、いささかまずかったな。まずかったなと言うより

大失敗であり、致命傷になりかねないな。

なぜなら、ファンは別に商売してないからね。純粋に好き嫌いの問題で、応援してるんだから。

沈黙は金なりと言うけれど、言わなきゃいいのにね。

例の総帥の性加害を”知らなかった”と言う言い訳は通用しない。するはずがない。

知らないはずがないって言うのが正解だと思うよ。だから、それを知らなかったというのは

まずいよな。最後まで忖度するならば、黙り込むべきだよ、商売人としては。

ファンに忖度はない。だから、嘘を言ってはいけない。そう思うよ。

 

鳥山にしても武部にしても、拓郎さんが引退してホッとしてたりするんじゃないの?

いや、もう忖度の必要がないってことでさ。最後の方は、もう歯が浮くくらいに

ほめちぎってたもんな。

僕はファンだからさ、平気で言えるのさ。忖度などないからね。

リスペクトはあるけどさ。

ところで、拓郎さんは、やっぱり知ってたのかな?例の・・・

 

 

 

2023年7月 8日 (土)

まとわりつく湿った風。

中島みゆきさんのライブ予定が決まったらしい。

来年、大阪と東京でやるとか。

このまま引退か・・などと噂されてたけど、まぁよかったね。

そこにねぇ。サプライズってことで後ろにぼーっと立ってる

吉田拓郎が居たら、さぞや面白いだろうなと、”べたな”感想を持ってしまった。

まぁぼーっと立ってるのもいささか不自然なので、タンバリンとかもってて・・

中島みゆきの曲で、なかなかタンバリンが入る曲はないか。

客席にでも陣取ってる吉田拓郎夫妻、ってところが妥当なところか。

 

しかし、拓郎世代に訃報が続く。今度はPANTAさんが亡くなったと。

知ってるふりしてるけど、頭脳警察は知らん。ただ、拓郎さんと同じステージで

頭脳警察のあとで、とんでもなくやりにくかったという話は、幾度となく聴いた。

僕らより、ちょっと上の先輩たちは、面白かったんだろうなぁとうらやましく思う。

吉田拓郎が天下を取る前の群雄割拠ともいえる時代を体験してるわけだ。

頭脳警察のあとの吉田拓郎のステージ。いやぁ、面白かっただろうなぁ。

オフコースのあとの吉田拓郎じゃないんだものね。見たかった。

 

それにしても。70歳代で逝く。昔は未来の話だったけど、最近は切実にとらえる。

人間ドックでは、まぁ気を付けなくちゃってところはあるけれど、差し迫った危険はないと

診断された。しかし、明日の保証はない。いろいろ考えることは多い。

多いけれど、今のところ最大の関心事は、花火上手く映せるかな?

 

 

 

2023年7月 5日 (水)

あのねのね

坂崎幸之助氏が、またまたD-45を買ったそうな。

今度は1982年製だとか。売ったオットリーヤ中沢氏は、もう舞い上がっていた。

っていうか、この人確か長渕の大ファンだったような??・・・

1982年製のD-45は数が恐ろしく少ないそうな。

マーチン社も倒産しかけてリストラの中、残った腕のいい職人さんと上質の材で作られた

80年代のギターは特別いいらしいよ、よく知らんけど。

まぁ確かに、ど素人の僕が聞いてても、そのキラキラ音は他と違うよねってわかる。

しかし、きらきらしすぎて拓郎さんには似合わないなぁと思うけど。

坂崎幸之助氏が宣う。「泉谷弾きすれば、もっと良く鳴る」

泉谷弾きって・・・

そうそう、D-45と言えば、似合わねぇ!って思ったことがある。

あの”あのねのね”の動画を見てたんだが、その中で原田氏がD-28で清水氏が

D-45を使っておった。MCの原田氏が説明してたんだけど、価格も言っていた。

そしてそのあと、「赤とんぼの歌」をプレイする。

いや、一応プロだからギターは普通に素人の域を抜けている。だけどさ

正直「赤とんぼの歌」にこのギターいるか?と思ったよ。

別にヤマハでもモーリスでもOKなんじゃね?と。

まぁ、そこがプロとしての意地なんだろうなぁ。Gibsonじゃない。

Martinなんだよと。

でも、赤とんぼの歌にはやっぱり、いらないよね。

 

 

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