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2023年4月22日 (土)

僕と拓郎と青い空 第二部 その3

”オカモトオサミ道”は、アルバイト生活から始まった。

とりあえず、いろいろあった。本音は「オカモトオサミ道」だけれど

いきがって話すわけにはいかない。世を忍ぶ仮の姿「RONIN」だ。

いろいろあった。まぁ、別れもあれば出会いもある。新しい暮らしが始まった。

と、その前に車の免許を取った。父が宣う。「何をやるにしても車の免許は取っておけ」

先々、何の仕事をするにしても、今の時代、免許がなければ何もできない。

父は、自転車しか乗れない。苦い経験があったのかもしれない。

地元の教習所は、同級生でにぎやかだった。別の高校に行っていた幼馴染たちが

また同じ「自動車学校」で再会する。旧友再開なんとやらだ。男も女も高校の三年間で

グッと大人びた。自動車学校の中は、ちょっとしたナンパの場になっていた。

自分の幼き頃を知っている女の子と、今更デートなど誘う気も起きない。

起きないが、誘われたら断る理由が見つからない。教習を終えると真面目なのさと

言いたげな顔で、次の教習の予約を取っていると、声をかけてきた女の子がいた。

ニッタシズコだった。親父さんは豆腐屋で、大のジャイアンツファン。巨人が負けた

翌日の豆腐は、出来が悪いともっぱらの噂だった。

「来週、卒検なの」と言う。早いな。こちらはまだ、ようやく路上に出たばかりだ。

何となく、駅までの送迎バスでは一番後ろシートに並んで座った。

3月の日暮れは、まだ早い。バスの窓から傾いた夕日がまぶしい。

赤く染まる車内で彼女はよくしゃべった。

4月からは、短大に進むこととか、両親がどうのとか、そんな話もおまけに並んだ。

「受験残念だったね。予備校行かないの?」ギョッ!何で知ってんだ?「この前、マエダ君から聞いちゃった」

マエダと言うのは、小学生の時に一番仲が良かった奴だ。あいつは、誰に聞いたんだ?

噂と言うのは、こうやって広がるんだなと実感する。

「まぁね。いろいろやりたいことがあるんだ。今しかできない事ってあるじゃん。」

彼女はわかったようなわからないような顔をして、フフフと笑った。

それから、免許をお互い取れたら、ニッタ家のバンでドライブに行こうと約束させられた。

逆ナンてやつか。しかし、待てよ。車にはカーステレオがついている。

そこに拓郎のカセットテープを入れて、ガンガンに鳴らしながら車を走らせる。

新しい形だ。いいぞいいぞ。車を買うことまでは、まだ考えが行かなかったけど

免許をとったら、次は車だな。そんな事を考える。

駅に着く。送迎バスから降りると、「今度電話するね」と、明るい声で言う。

中学の卒業名簿の住所は変わったけれど、電話番号は変わってないと、僕は告げる。

なんだか、ペースにはまった気がした。いったん背を向けた彼女は、もう一度顔を僕の方に

向けた。私服の大人びた彼女の向こう側に夕日が見える。なんだか、いきなり安っぽいドラマの

恋人同士のシーンみたいだ。確実に彼女は幼馴染から卒業して、なんかチクリと胸に痛みを与えた。

駅前の唯一の喫茶店「小公子」の看板が目に入った。

「ねぇ、コーヒーでも飲んでいくかい?」と、言い出した時にはその音量では届かない距離になっていた。

追いかけていくのもなんだかなと思い直し、そして、財布の中身が心もとない事にも気が付いた。

きっと、マエダからいろいろ聞かされたに違いない。それで、ちょっと興味を持ったのかもしれないな。

そう思わないと、「オカモトオサミ道」の妨げになるとも限らない。僕は、追いかけもせずに

その場で、今さっきのチクリとした痛みを楽しんだ。

それからしばらくして、僕も卒検に受かり、無事に免許を所得した。

そして、それっきりニッタシズコから連絡は来ることはなかった。

 

取得したばかりの免許証が、「免許」の欄に書き加えられた履歴書を、僕はちょっと陰湿そうな

だけどどこかユーモラスさを醸し出す面接官に、差し出す。バンドーというその面接官は

履歴書越しに僕を見ていた。「それじゃ、君には検品係をやってもらうから」

そういきなり言われた。検品係?

僕のオカモトオサミ道がいよいよ始まった。

 

 

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