第二部に於きまして、時系列は都合の良いようにしてあり
多少おかしいんじゃないか?と思われても、それは許せ。
とりあえず、篠島の一年後からの設定だ。
平日お昼過ぎの山手線は、吊革につかまってる人の方が少ないくらい
閑散としていた。新宿駅から乗り込んだ僕は、21年の人生の中でも
最も緊張した時間を過ごしている。目的の駅までの数分間、吊革につかまった
左手の手のひらは、気持ちの悪い汗でぬるっとした。後につかまる人には
迷惑な話だ。
二駅で原宿につく。電車の扉が開き、僕はホームに飛び出した。それは、自分への
鼓舞だった。今から戦いが始まる。そんな気分でいた。
右の肩に掛けたバックの中には、仲間が演奏したカセットテープ・歌詞カードと
間違いだらけの譜面が入っている。譜面など、間違っていてもいい。少々のはったりだ。
そのバックをもう一度肩に掛け直し、そして左手でバンドをつかむ。落としてはいけない。
僕らの夢が詰まっているバックだ。
半袖シャツの改札掛けは、高校生のように見えた。おそらくI高校の実習だろう。そいつに
切符を手渡し改札を抜けると、表参道の上を青空が広がっていた。
梅雨が明けたばかりの空は、汚れ物をすべて洗い流した後のように真っ青だった。
そして、太陽。暑い。ボタンダウンシャツの下に着ているTシャツが背中の汗を
吸い込んでいくのがわかる。口の中の渇きを唾液でごまかし、僕は信号を渡る。
明治通りの歩道を歩く。目的地は歩いて5、6分。近づくにつれ、口の中がカラカラになる。
それは暑さのせいではなくて、やはり緊張のせいだ。酒屋の前の路地を入れば、目的地はすぐそこだ。
酒屋の自販機で、缶コーラを買う。プルタップを引っ張って開ける。プルタップを指にはめたまま
半分ほど、一気に喉に流し込む。緊張が最高潮になろうとしていた。
目の前の電話ボックスに入り、メモに書いておいた電話番語をプッシュする。
3回目の呼び出し音で、先方が出た。女性の声だ。「はい、Y音楽出版です。」
なにか、僕らは実力以上の事に無謀すぎる挑戦をしようとしてるんじゃないか?
なんだか、さっきまでの緊張が、怖さになって戻ってきてる気がする。
勇気を出して、次の言葉を絞り出せ。そう自分にけしかける。
「あの、一時半に伺うことになってます”あそちゃん”ですが、あの、Tディレクターに
お約束していただいてるんですが、あの、そばまできてるんで、・・」
自分でも要領を得ない話をしているのがわかる。わかるけど、上手く話せないんだ。
気持ちが空回りする。
女性が優しい声で答えてくれる。
「申し訳ございません。TはあいにくNのレコーディングで不在なんですが・・」
最高潮の緊張感が、一気に引き潮のごとく遠ざかっていった。
T氏に会ってみんなの夢を託せないという事実。それをどうするか。
僕は、女性にN放送局のS氏の紹介で、Tさんに会う約束をしてたんだがという事を
告げると、要件を聞かれた。
正直に言う。「楽曲の売込みです。」
「それではこちらで、お預かりしましょうか?」と電話の向こうから、ほっとする言葉が
戻ってきた。道順を聞いて、そのビルにたどり着く。受付の女性は、電話の声の主だった。
僕らの約束なんぞ、守られなくても当たり前なのに、Tさんに代わってお詫びしますと
言われ、頭を下げられてしまった。もうそれだけで、僕は軽いパニックだ。
正直何をどう説明したかもわからず、バックから紙袋に詰めた「夢」を渡して
それから、住所やら電話番号を聞かれ答えた。
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