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2022年12月

2022年12月31日 (土)

年越しそば

さすがに、エンドレスに近い状態で、見てると飽きるわ「WANGAN LIVE」

毎日、特上のウナギを食ってるようなもんだ。時々はコンビニのスパムむすびでも

食べたくなる。そんな気分の大みそか。

年越しそばは、ここ数年「かけ」のつゆを、つゆの素みたいなのを薄めて

ごまかしてきたけれど、今年は母が元気だったころのそばを、再現してみた。

と言うのも、アルバムを整理してて見つけた写真。

Img005

60年前の自分である。右手が触れているのは炭俵だ。いい笑顔だ、と本人は思っている。

この緑色のセーターは、母の手編みだ。たぶん兄か姉の着ていたセーターをほどいて

編み直したんだろう。誰に習ったんでもなく、見よう見まねで覚えたに違いない。

ふと、記憶をたどる。遠い遠い昔に問いかける。頭の中のどこかにまだいる幼いかったころを

呼び戻す。そうだ、父のセーターも手編みだった。とっくりのセーターにカーキ色の作業ズボン。

それが、冬の父の印象だ。

外に働きに出ていた母は大みそか、正月自宅に追われていた。父は庭に大釜を据えて羊かんを作る。

しゃもじのでかいのを操り、釜の中をかき回し続ける。お使いで買ってきた白い四角い棒のような

寒天が釜の中で羊かんに変わっていく。僕はそれを、ただ見ていた。釜から立ち上る湯気の向こうに

とっくりセーターの父が、しゃもじを動かしていた。頃合いを見計らって、型に流された羊かんは

大みそかの寒気に触れて、甘い香りを漂わせ固まっていく。父は一仕事終えたとばかりに

タバコに火をつけ、腰を下ろしていた。僕は父の隣に立ち、固まり始めた羊かんを見つめる。

型に流された羊かん。そのまだ柔らかいあずき色の中に、指を入れてみたい衝動にかられた。

そんなとき父は、勘が働くのか、これまた頃合いなのか、その型にふたをする。

僕の指は、行方をなくす。すると、父は小さなしゃもじを持ってきて、釜の中をこするように

すくい、しゃもじにくっついた羊かんの「素」をくれた。僕はしゃもじにかぶりつく。

甘い。アズキと砂糖の甘さが口の中で幸せをくれた。

しゃもじを母のところに返しに行く。正月に特別すんごい料理を食べた記憶はない。

だけど、母は忙しく動いていた。普段できない掃除とかいろんなことを、一日で

終わらせようとしていたのか、よくわからないけど相手にしてくれなかった記憶が

漠然とある。

そんな忙しい毎日の中で、手編みのセーターなどよくできたもんだ。きっと目が詰まって

あったかかったんだろうな。

大みそかの夕方、家族が6畳間にこたつを囲んで座る。父と僕がこたつの一面を占める。

兄は一人で一面を占める。姉二人が一面を占める。残った一面の半分に母が体を半身にして

座る。そこはテレビに近い面だからだ。真ん中に座るとテレビが見えない。またそこが一番台所に近い。

そしてそばを食べる。レコード大賞のテレビ中継を見ながら、みんなでそばをすする。

エビ天やかき揚げなど載ってない。細切りの人参と油揚げとひき肉とシイタケ。これがつゆに混じっている。

かけそばは、瞬く間に胃に納まる。レコード大賞の新人賞の発表もされないうちだ。

昼間作っていた羊かんもおせちも、まだお預けだ。そばだけでは・・餅だけはフライングで

磯部巻きにして食べたっけ。

貧乏ながらも楽しい我が家。父も母もきっと子供たちの成長が楽しみだったんだろうよ。

今よりずっと貧乏だけど、満たされていたんだろうと思うよ。写真は思い出させてくれる。

 

あのそばの味を、もう一度味わいたくて、記憶をたどり作ってみた。

惨敗。これじゃないという結果に終わる。

 

テレビはつまらない。動画もつまらない。結局「WANGAN LIVE」を見ながら

大みそかも暮れていくのだ。

 

どちら様も、良いお年をお迎えください。

 

 

2022年12月30日 (金)

来年のこと。

2022年も終わる。

吉田拓郎ファンとしては、忘れられない一年となっただろう。

終焉と言う言葉がある。引退と言う言葉もある。

聖火台に灯された聖火が、消えていく。古い船は丘に上げられる。

赤銅色の夕日が、山の向こうに帰っていく。

”次”への期待が、失われた。

 

しかしそれは、吉田拓郎のキャリアであって、ファンとしての終焉もなければ

ファンとしての引退は、永遠にない。あるはずがない。あろうはずがない。

僕らの心に息づいていたのは、吉田拓郎と言う一人の人間ではなくて

吉田拓郎が育んできた文化なのだ。吉田拓郎と言う一つの確固たる形のある文化なのだ。

例えば、清潔感のある長髪。例えば、J-45。例えば、知ったかぶりのボブ・ディラン。

例えば、岡本おさみさん。例えば、マツトウヤだ!。例えば、タカナカだぜ!。

例えば、行くぞー!。例えば、ツアー。例えば野外イベント。例えば、フォーライフ。

例えば、結婚も何回するかわかりません。例えばバーボン、例えばレモンスライス。

例えば広島、例えば原宿、例えば高円寺。例えば仙台坂、例えば魚籃坂。

例えば人間なんて、例えばマーク2。例えば、引っ越しも何回するかわかりません。

例えばセイヤング、例えば愉快にオンステージ。例えば石川鷹彦、例えば鈴木茂。

例えばミニバンド、例えば愛奴。例えばカップスター、例えばサッポロドライ。

およそ僕らが知ってることのすべては、吉田拓郎の歩みに基づいている。

僕らは、吉田拓郎の歩みを享受してきたにすぎない。

 

 

だけど、吉田拓郎の歩みにしても、吉田拓郎個人でなし得てきたものではない。

太陽系のごとく銀河のごとく、中心に吉田拓郎はいることに間違いないが、

様々な人や事柄が入り混じって構成されてきた。もちろんその中には、ファンである僕らも入る。

全部ひっくるめての吉田拓郎なんだ。吉田拓郎の歩みを享受してきた僕らでさえ、

実は吉田拓郎の歩みに関与してきたと思う。

吉田拓郎は、文化である。吉田拓郎的文化と僕は呼ぶ。

誰が何と言おうと、吉田拓郎的文化は一時代を築いた。僕らがその時代を築いたのだ、

吉田拓郎は表舞台から降りたとしても、吉田拓郎的文化が僕の中から消えるはずはない。

なぜなら、吉田拓郎的文化は吉田拓郎のものではないからだ。

そいつは、僕らのみんなのものだ。僕らが築いたものが僕らの心の中にある。

消えようはずがない。

 

と言ったわけでありまして、本当に面倒くさかったので、ブログも閉じて

おとなしくしてようと思ったのですが、天国からMme.Tがまだやってくださいと

言ってる気がしたので、来年からは「見出し人間アンコール編」として、ごく少数の方に向けて

不定期更新で管を巻いていきたいと考えております。

僕と拓郎と青い空第2部を再構築中。

 

2022年はこれでおしまい。どちら様も、良いお年をお迎えください。

新年は、三日くらいから、活動再開です。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年12月28日 (水)

雑談

先日、Mme.Tの墓参りに行ったと記事にしました。

帰ってきて、100円BIGを買いました。当たりました。

4等¥3,190也。これって、墓参のお駄賃?

それとも、超早お年玉か?

 

今日から正月休み。珍しく来客あり。といっても、ガスの工事会社の

見積できた営業マン。電気代高騰の折、電気温水器をガス給湯器に替えようかと

話したら、暮だというのにすぐに来た。商売熱心で感心する。

 

コーヒーに飽きたので、紅茶を買ってきた。ティーバッグの入ったカップに

お湯を注ぐ。忘れかけてたダージリンの香りが漂う。一分半待って、透き通った

まさに紅茶色のティーを口に運ぶ。あれ?こんな感じだったっけ?

明日は、ジャムを買ってきて「ロシアンティー」など試してみよう。

なぜなら12月29日は「ロシアンティーとアメリカン」記念日だから。

出来れば三鷹のルノアールで・・とも思ったけれど、面倒なので自宅で飲もう。

あぁ、見てないと思うけどSさんよ。あの時確か貴女は、ジャムをティーに入れた気がする。

調べたらロシアンティーは、ジャムを口に含んでティーを飲むのが正しいらしいよ。

 

今年も忘年会はなし。僕にとっては、まさに好都合。酒を飲まなきゃ語れない話などない。

酒の力でなんてのは、愚の骨頂。男ならシラフで喧嘩を吹っ掛けろ。

年を忘れる忘年会。忘れるはずが、語り草の一つに毎年重なっていく。

結局、アルコールが充満した空間には、天使がいないってのはわかってるんだ。

君子危うきに近寄らず。腹の立つことばかりのコロナだけど、忘年会新年会が

行われないってのは、僕にとってはすんばらしいことだよ。出ない!って言わなくていい。

 

したたか酔っている。これってどういう意味だよ。酔っているのが分かっているなら

健康の為に控えたらいいじゃないか。上天気の日に歩いているときも、テレビにいちゃもん付けてるときも

恋人の顔も見たくないって言いながらも、バーボンを抱いている、

結局バーボンを、抱いている、四六時中バーボンを抱いている、ただのアルコール中毒じゃね?

まだバーボンだから歌にもなるし、絵にもなる。

そんなとき僕は「大五郎」を抱いている・・・

こうして今夜も飲んだくれてる 山谷のドヤ街で大五郎 寿町で大五郎

今夜も正体なく酔いつぶれてる

ん?まぁ、それはそれで岡林風にはなるな。

そういえば、昔々、「レモンスライスがしみるなんて」ってどういう状態?どういう意味?

と言う質問を、したことがありました。たくさんのコメントをいただきました。

まぁその時はそれなりの結論になったのですが、いまだに納得できる答えが

自分の中にはない。シラフでも酔っていても「レモンは酸っぱい」だろうよ。

 

ではまた明日か明後日。明日はまじめに中大発表。(重大ではない)

 

 

たぶん、それが今年最後の更新になると思います。

 

2022年12月24日 (土)

クリスマスイブに。

先日、Mme.T(マダムT)のご主人に、いろいろご報告があるので

墓参りをしたい由の手紙を書き、忘れた頃にお返事をいただいた。

ご主人からではなくて、娘さんからだった。菩提寺を教えていただき

クリスマスイブの本日、無事に墓前にいろいろ報告とお礼を済ます予定だった。

我が家の先祖が眠るお寺も、そこそこ立派ではある。山門も一昨年作り直し

立派になった。旧の山門もそこそこ立派だったので、駐車場側に移築して

なかなか見栄えの良い寺に変わった。しかし・・・

Mme.Tのお寺は、国の重要文化財に指定されていた。山門のスケールが違う。

東大寺にでも来たような気分になる。本堂もでかい。場所が某観光地なので

参拝客も多い。お墓の位置は寺務所で聞いて欲しいとのことだったので、おとなうと

土産物まで売っていた。いやぁ、こういうお寺さんの檀家だと大変だろうなと

いろいろな面で心配してしまった。

車を止め、花屋で花を買い求め、教えていただいた場所に向かうと・・・

いや、聞かなくてもすぐに分かった。Mem.T あんたはやっぱり拓郎ファンの鏡だ。

きっとあちら側でも、復刻版の「今はまだ人生を語らず」を聞き、ペニーレインでバーボンを

阿弥陀様と歌っているかもしれない。

卒塔婆に書かれた御戒名。初めて知った。詳しくは書かないが、吉田拓郎を連想させる

御戒名だった。泣けてくる。あらためて泣けてくる。ここのところよく泣くが、悪いか!

拓郎ファンが見たら、すぐにわかる。こんな戒名、ファン冥利に尽きる。

極楽でも拓郎ファンを続ける決意を感じるよ。

ご遺族の心意気。それとも生前に決められていたのか?

それはわからないが、とにかく、線香を手向けて「引退します」とは言えなくなった。

Mem.Tが、WANGAN LIVEを見たら、僕以上に感激したに違いない。

生きてるうちは、見出し人間でもいいか。そんな気分にさせられた。いや、なった。

拓郎ファンの道に、終わりはない。たぶんきっと、春だったねの小池君も、あの世で

WANGAN LIVEを聞きながら「老師も無理してるなぁ」とにやにやしてるはず。

みんなにあの世で会うまでは、続けないといけませんなぁ。

結局、終わり方なんてなかったんだな。

 

帰り際に、境内の猫が、山門でお見送りをしてくれた。

サヨニャラ とつぶやいたようだった。うん、また暖かくなったら来るよ。

と、返しておいたが。

 

2022年12月22日 (木)

COMPLETE TAKURO TOUR 1979

今はまだ人生を語らずを受け取った後だからなのか、頑張ってよフォーライフ。

そんな気分だ。ソニーはさぁ、デカジャケだぜ。

元々のLPサイズをCDサイズにそのまましちゃったんじゃさぁ、ダメなんだよ。

購入層を考えなさい。これをね、裸眼で平気で読めたり見たりする人は、何人いる?

そこらへんをだね、よく考えんとね。

まぁ、Tシャツは応募しよう。はい、絶対転売しません。

 

しかし、オリジナルのペニーレインでバーボンも、ライブのペニーレインでバーボンも

この2022年も終わろうとする時期に、見事に復刻したことは拓郎さんもうれしい限りだろう。

曲とか歌の評価とか、そんな事じゃなく、単語を切り取られ「それダメ」と言われてきたわけで

こんな不本意なことはない。実に情けない。悔しい。この曲の流れとしてその単語でなければ

曲の、歌の意味をなさない。そう思うんだよね。

 

そうそう、コメントをいただきまして。

毎度のごとく、非公開のままで恐縮です。何人かの方、あらためてごめん。

しかし、拙く、自分でも何が言いたいのか、よくわからんこんなブログではありますが

それでも、飽きずにご覧いただき、ちょっとは元気になられたら、有難い事であります。

 

今はまだ人生を語らずもCOMPLETE TAKURO TOUR 1979も復刻した。

どうだろうか、以前はなんかブログっぽいことをしてたけどって方はいっぱいいるだろう。

もう一度やってみないかい?

僕は、吉田拓郎的なので群れるとか繋がるってことに、あまり興味を持たない。

だから、昔ホームページの体をしていた時は、よくリンクのお誘いを受けました。

しかし、お断りのお返事を書いてました。このブログも、リンクは・・というか

ポータルサイト的ななる氏のところだけにお願いしております。

そのなる氏のサイトに、昔はいっぱいあったファンサイトが、激減。

しかしながら、彼もついに過去を語り始めた。非常に興味深い。

そういう話でいいと思うんだよね、これからって。自分はこうだったてことを

それぞれが、書きとどめる。自分のページでね。

こちら側が、吉田拓郎を絶やしてはいけない気がする。

それぞれが、それぞれのエピソードを披露するってことでいいんじゃないかなぁと。

別に感動する話でもなく、ごく普通に思い出を語るもいいだろうし、こんな夢を見てたって事でもいいんだろうし。

とにかく、吉田拓郎を語り継ぐ。それに意味があると思う。

あぁ、これだけまだ需要があるんだと思えば、拓郎さんも、時には表に出るかもしれないじゃないか。

 

2022年12月21日 (水)

格の違い

今日は、仕事上でひどく嫌なことがあった。

定年後の契約社員の身としては、結構気軽に仕事はしているが

マジで久々に、お客に腹を立てる。この野郎、いい加減にしろよと

何年かぶりで、怒り心頭。まぁでも、大人ですから、グッと抑えて帰宅。

そして、何年かぶりに、真剣に「今はまだ人生を語らず」を聴く。

やっぱりスーパーオーディオと言われても、レコードとは違うのはわかるけど

そんなに違いは分からないよ。しかし決定的に、違う事を再発見だ。

 

格が違う。並のシンガーとは圧倒的に役者が違う。

吉田拓郎が歌えば、言葉が持つ説得力が何十倍にもなる。

そこを越えてきたのは、吉田拓郎だったからだな。

本当にお世辞を使うのはまっぴらだ。

嫌な奴だっているんだ。でも、やっぱりその嫌な奴の胸ぐらを

つかむほどの勇気もなし。その前にそんな体力もない。

あいにくとバーボンは飲めない。ゼロシュガーコーラが代役だ。

ペニーレインでバーボンを聞きながら、今日一日の胸糞悪い出来事を

忘れてしまおう。

人生を語らずを聞いて、やる気復活。

 

思う事は、日本の音楽界に吉田拓郎の代役はいない。

 

 

2022年12月20日 (火)

復刻版届く。

あれ?ジャケットってこういうこと?

そんな第一印象の、特製24センチ角の紙の下敷きみたいなジャケット。

ん・・・まぁいいんだけどね。想像とは違ったもんで。

画像を載せようか迷ったんだけど、まだ着てない人もいるみたいなんで

やめといた。

写真集を開くと、懐かしい名前がずらっと列記。

田村仁氏のカメラの向こうの吉田拓郎は、まさか2022年まで歌ってるとは

思ってなかったと思うな。

ペニーレインでバーボンについて、断り書きが載っている。

不適切な表現があるけれど、当時も、そして今もそんな意図は全くないと。

99.9パーセントの人は、最初からそんな意図はない。

そして聞いたけど、普通のCDとの違いが、分からない奴です。

 

 

2022年12月19日 (月)

ラジオ雑感

あぁめんどくさいな、さん付けって。

僕らは、親愛の情と畏敬の念と憧れと、そういったもののすべてをこめて

「タクロー!」と呼ぶ。逆に「さん」付けはよそよそしすぎる。

 

ところで、最終回の中であのポスターに直筆のサインを入れて、プレゼントってのがあった。

それはちょっと、食指が動く。思いのほか、あのポスターの出来は良い。

あれにサインが入っていたら、そりゃもう、神棚の横に飾っておくのにちょうどよい。

しかしだよ、ちょっと待て。

なんで3枚?最後なんだから、もっと太っ腹でさぁ、いんじゃない?

あのボブ・ディランだって使ったことを認めた「オートペン」でもいいんだよ。

とりあえず応募はした。

 

ラジオ関東には、森山良子さんのゲストでよく出てたという話。

今の吉田拓郎があるのは、森山良子のおかげ。

と、おしゃれ泥棒で語っていたよな。

その森山良子さんのおじさんと縁があり、六本木で。

まぁ、不思議なめぐりあわせだよねぇ。

 

我が良き友よとか、水無川とか、やっぱり拓郎が歌うよりは

かまやつさんのほうがいいなぁと、最近思う。

陽水のロンドン急行も、陽水よりはかまやつさんのほうがいいなぁ。

拓郎のあとのフォークビレッジで、かまやつさんが陽水と一緒に歌ったけど

なんか、全部かまやつさんになってしまう。

今になって思うと、かまやつひろしって人はすげぇ。

少なくとも、小室等と付き合ってる拓郎よりは

かまやつさんと付き合ってる拓郎の方が、数倍好きだな。

 

と言ったところで、今日はお茶を濁します。

 

 

 

2022年12月18日 (日)

ありがとう 吉田拓郎 さん 1

日本の国民の、おそらく大多数は気にしてない。

”吉田拓郎が引退だってよ” ”へーー”

それで終わる。拓郎ファンがそばにいたなら「へーー」ではなくて

煉瓦の壁と言え!と、突っ込みを入れるところだ。

だけど、日本国民のほんの一握りは、この日がカレンダーから抜けていたらいいのにと

思ってたんだよね。

なんだろうな、このいともあっさりとした、一つの別れ方。

喪失感もないし、期待もないし、日常の中の一コマのように、受け入れている。

吉田拓郎は、自分の道を行く。僕らも自分の道を行く。

それぞれのフィールドに、僕らは散っていく。集う事はない。交わることもない。

そして時々、振り返る。振り返って、足元を見る。散らばった楽譜をかき集め

バインダーにでも挟んで、パラパラとめくる。そしてあの日あの時を思い出す。

そんな生活が始まる。淡々としたものだ。でも、それでいい。

充分楽しませていただいたし、面白い人生を歩かせてもらった。

ありがとうございました、吉田拓郎様。

 

引退宣言などせずに、フェードアウトしても良かったよなと思ったこともある。

だけど、今は違う。この「けじめ」が吉田拓郎的なのだ。

最後に世界中の76歳が羨むスタジオライブが、吉田拓郎的なのだ。

続く

 

2022年12月17日 (土)

今夜も君を・・

84年、85年ごろか・・・

アンコールの最後が「今夜も君をこの胸に」だった。

ミラーボールが降りてきて、客席を照らしていた。

あの頃は、正直「もういいんじゃね?この曲」と思ったもんだ。

いい曲なんだけど、それほど好きではなかった。

もっとラストに似合う曲がいっぱいあるだろうと。

 

しかし2019年、しばらくぶりに名古屋で聞いた時は、ホールを出た後

ホテルまでずっと口ずさんで歩いた。歩きながらいろんなことを思い出していた。

ふと気づく。コンサートの余韻がこんなに残る曲があったっけ?

そんな事を思いながら、番組のエンディングを聞いていた。

ミニコンポからは、他の番組の紹介が流れ始めて、吉田拓郎のキャリアが終わった。

遠くから、本当に遠くから覗くように見つめたあの夏の冒険から始まった吉田拓郎ファン道。

その道は、終わったわけじゃないけど一区切りだ。

本音を言おう。良かった。拓郎さん、おしまいにしてくれてよかった。

たぶん、まだラジオくらいできる。自宅録音の頃に比べてスタジオ収録では、声の張りが違う。

活舌が違う。「ラジオ感」というかそういうものが、蘇った気がする。

WANGAN LIVEにしても、気合を入れればまだちょっとは‥そんな気もした。

しかしながら、限界は限界。たぶん、言わないが無理してるだろう。それも相当ね。

WANGAN LIVEは引退の最高の花道だった。そして、ファンへの最高のプレゼントだ。

拓郎の前に拓郎なし。拓郎のあとにも拓郎なし。どんなヒット曲を出そうと、どんなでかいライブをやろうと

どんな、どんな、どんな・・・そいつはもう拓郎がやったんだよ、最初に。やったことがすごいんだよ。

あっ、拓郎さんって書かなきゃだめか。

 

吉田拓郎のファンであることを、誇りに思うよ。

ファンであり続けた自分を褒めたいよ。

見出しに吉田拓郎ってついている自分も悪くない。

さてさて。

 

 

次回は、ありがとう吉田拓郎と言うタイトルを予定しております。

 

 

 

 

2022年12月15日 (木)

さいごのらじお

最後のラジオは、録音ではなくて生放送にして欲しかった。

ひょっとしたら、最後は涙ぐむ吉田拓郎が聞けたかもしれん。

残念。

事前のインタビューがあったらしい。読んだ方も多いでしょう。

貼り付けられた画像は、拓郎と並んでJ-45が立てかけられていた。

黒塗装でピックガードは白。そこにGIBSONのロゴ。

その色じゃ・・・

 

最後のお言葉を噛みしめようと思います。

 

録音だけど、「生」で今回に限り、聴くことにするよ。

 

 

2022年12月14日 (水)

坂崎氏のギターの行方

Youtuberでアコギ専門店のオットーリーナ ナカザワさんと言う方がいる。

僕も時々拝見しているんだけど、おふざけなしできっちり紹介してくれる。

先日1981年製のマーチンD-45カスタムの紹介があった。

いや、いい音だよ、素人が聞いても。値段も130万円を超えてる。

どんな人がこれを買うのかなぁと思ってたら、なんと・・・・

坂崎幸之助氏が名古屋のあの拓郎ファンの新聖地と崇められているかどうかは

知るところではないが、あのセンチュリーホールのコンサート前に、ナカザワさんが

紹介したD-45を持参してもらって1時間ほど試し弾き&トークを展開したそうな。

カメラは入れなかったけど、興奮したナカザワ氏のレポートは、やっててよかった感いっぱいだ。

坂崎氏は、オットリーナの動画をよく見てるそうで、そこでD-45を気に入ってしまったとのこと。

その場でお買い上げだったそうだ。

まさか、坂崎氏、拓郎さんのリタイア記念にそのD-45をプレゼントするつもり?

まぁ、そんなわけはないか。

といったところで・・

 

WANGANライブと「ah-面白かった」を聴き比べる。

ふむ、CDやアナログ盤から受ける印象は、正直じいちゃんのあがき。

WANGANライブは、これなら「これが俺たちが愛した吉田拓郎だ!」と

自信に満ちて、声を大にして、それでも足りず拡声器を借りてでも言える。

いや、あのね、そりゃさ10年前、20年前と比べりゃさ駄目さ。

声質が変わっちまってるから、昔の歌はだめだ。しかし、「ah-面白かった」は

今の吉田拓郎から生まれた歌だ。今の吉田拓郎が歌う歌だ。

ことWANGANに限れば、ポール・マッカートニーのライブなんざ、足元にも及ばない。

あのLOVE2最終回は、不完全燃焼もいいところ。あんな終わり方はない。

と思っていたら、これだよ。いやぁ、ほんとに世間一般に自慢したい。

僕たちは、この人が76歳まで頑張ってくれたんで、面白い人生を送れたんだ。

Contrastに涙した。今日は寒気がした。

それよりもっと、良かったのはショルダーバッグの秘密だ。CDで聞いていた時は

ノリが悪かったけど、やっぱりライブはいいよね。弦楽器とロックンロール。

まさにメンツナ缶。メンツナ缶とは?明太子とツナ缶を合わせた缶詰だ。これがまたうまい。

この際だ、鳥山も武部もよい。コーラス隊は変えて欲しかったけど許そう。

コーラスの4人の僕はルックスが好きじゃない。あの振り付けが好きじゃない。

だけど、今回に限りまぁいいかと言う気分。

音楽的にどうのこうのは誰か解説してくれるでしょう。

 

そりゃ翌日から、声が枯れるわけだったよね。

いやぁ、年に一度くらい、こんな感じでなんかできないのかね?

興奮は続く・・

2022年12月13日 (火)

WANGANに泣く。

我が家は、玄関の外側の一坪ほどのポーチに、物置を設置している。

もう何十年物のスチール製で、サビたらペンキを塗るを繰り返した。

おかげで、拓郎さんのファンデーションなど相手にしない厚化粧である。

その物置を宅配ボックスにしている。業者の方も慣れたもんで指定しなくても

この中に入れておいてくれるので助かる。

ちなみに、郵便局のゆうパックなども、最寄りの配達局の窓口で手続きをすれば

勝手に指定の場所に置いていってくれる。いちいち指定しなくても留守の時は

そこに置いて行ってくれる。

その宅配ボックスのおかげで、濡れる心配など無縁だ。

帰ってきて、扉を開けて驚く。思いのほか、でかい箱が入っている。

BD一枚で、なんとでかい箱。訝しんで箱を開けて納得。ポスターが入ってた。

ダイソーでA2のフレームを買おうか?いや、それではこの76歳のじいちゃんが

無理してかわいぶってるポスターに失礼だ。ちゃんとしたのをビックカメラで買おう。

 

WANGAN LIVE。何も言う事はない。いやいや、いっぱいあるけどあえて言う事はない。

最高のクリスマスプレゼントだ。

もう、昔の声ではない。あの魂を揺るがした声ではない。だけど、今の拓郎のすべてが、ここにいた。

まさかここまで、やってくれるなんて想像してなかった。がっかりする自分を何度描いていたか。

最後に裏切って、拓郎さんは表舞台から去ろうとしてるのか。

吉田拓郎のキャリアの集大成が記録されている。

正直、「ah-面白かった」より、全然こっちのほうが出来がいいじゃないか。

やっぱり吉田拓郎は、”LIVEな奴”なんだよな。

ストリングスが良い。ホーンが良い。聞いていて、見ていて嫌な感じが一切ない。

そして、ボーカルが良い。引退試合にパーフェクトゲームをやったかのようだ。

それも剛速球でねじ伏せて三振の山でなく、コーナー一杯にせめて、緩急をつけて

そして、ときどき力いっぱいの135キロ台のストレート。

吉田拓郎としてのプライドが、泣けてくる。

とにかく「Contrast」には、正直の話、泣けた。

こみあげてくるものがある。なんかわからない。わからないけど、おれ、拓郎ファンだわ

と心底思えてしまう。

そして、慕情が収録と聞いてこけた君!まぁ、僕もだけどね。

なんだよ、この慕情。こんなプレゼントありか?

いい出来ではないよ。しかし、この思いの募った慕情にまた涙する。

いや、なんかさぁ、泣けるんだわ。

ありがとう、吉田拓郎。

 

買ってない君、買った方がいいよ。後悔するから。

2022年12月11日 (日)

吉川団十郎

まぁいろいろあって、この記事を書いといてアップし忘れてた。

 

拓郎フリークだ、拓郎チルドレンだ、などとほざいてきたけれど

まぁ、それは事実だとしても、隠していたことがある。

拓郎命と言いながら、なぎら健壱のファンだったりした。ん?知ってたって?

そう、でももう一つ隠していた。吉川団十郎一座のファンだったりもしたのだ。

どうだ、びっくりしただろう!え?そうでもない??

拓郎との共通点は、「吉」と「郎」だ。どう、びっくりした?え?しない?

誰だ、それ?とおっしゃいますか。吉川団十郎を知らないか。嘆かわしい。

 

昔々、「ああ宮城県」と言う歌が、ちょっと巷で流れて、テレビにもちょっと出たんだけどね。

僕は、確か「コッキーポップ」かなんかで、聞いたんだよね。「ああ宮城県」じゃなくて

ほかの歌だったと思う。それでなんか惹かれて、アルバムを買ったのだ。

「陽陰者」と言うLIVE盤だ。コミック調の歌あり、しっとりとした歌あり、客席と

掛け合いがあったりと、「ともだち」のあの雰囲気と似てる。

あぁ、それほどと言うか全然自分の生きざまに、影響はなかったんだけど、なぜか耳に残ってる歌手だ。

で、その「陽陰者」と言うアルバムが、拓郎さんのレコードと重なるように

中古レコードとして売られていた。「よ」のコーナーに置かれていた。

違うんだよ、「よしかわ」じゃなくて「きっかわ」なんだよ。

あまりに不憫なので、それを抜き取ってレジに持って行った。¥550也。

僕が所有してるレコードよりは、状態も良かったしね。

なんか、今は陶芸家になったるみたいだけど、ご健在でなによりと思っております。

 

この前の流行歌もそうなんだけど、このいわゆる「フォーク」ってのも、今聞き返すと

まんざら捨てたもんじゃないなと思ったりしてね。

歌ってる内容は、まぁおよそくだらないというか、詰まんないんだけど、悪くはない。

思考錯誤中の日本の新しい音楽の創世記?

何をどうしていいのか、どう歌っても演奏しても、本場の音楽とは程遠い。

誰も教えてはくれないから、自分たちが歌って行こうという、気概を感じないでもない。

吉川団十郎は、どっちかと言うとそんな大それた気持ちは無くて、宮城県を元気にしたいと

そういう気持ちで歌ってたようだけどね。

フォークソングの定義を辿れば、民謡という事になるどうだ。

そういう意味では、吉川団十郎の「ああ宮城県」など、正しいフォークソングと言えるんじゃないか。

 

まっ、たまには、こういう歌を聴くのもいいもんだってことで…

 

 

 

2022年12月 2日 (金)

コンプライアンス

テレビがつまらない。一部分を除いて総じてつまらない。

ありきたりの企画がうごめき、似たような顔ばかりが映される。

画面から流れる歌は、魂の抜けた言葉が並び、心に届かず。

正義の味方を気取るアナウンサーはニュース原稿を、とちらない事だけに集中し

見た次の瞬間には、忘れてしまうようなコマーシャルが、延々と流れる。

つまらない。ここにある心を奪うほどの魅力は、とっくに失くしてしまってる。

それもこれも、コンプライアンスってやつかい?

 

あの歌のどこがいけない?どこにだって転がってる言葉の数々。

それならば、流行りのAIに言葉を頼みなよ。AI詩人にバーボンを飲ませてさ。

ホントに傷ついたやつがいたのかい?あんたがそう思っただけじゃないのか?

コンプライアンスが、でかい面してのさばる。本末転倒。

誰かが聞いた コンプライアンスって一体何だよー

すると僕はこう答える 体裁付けてー

 

あの、つまりですね、今はまだ人生を語らずのパーフェクトバージョンが

再販されるという事に、感激はしないけど良かったなぁと思うわけです。

今更ね、レコード持ってんだからプレーヤーも買ったんだし、オリジナルは

聴けるわけなんだが、オリジナルがオリジナルで蘇るという事が、めでたい。

言葉は文化である。書けない、言葉にしちゃいけない、そういう言葉も

日本語であるわけで、結局ほかの言葉に置き換えても、意味は変わらないわけで

なんか変だなぁと思うのです。いろいろと書きたいとは思うのですが

そこにもコンプライアンスが、大きな顔をしてなんだか睨まれてる気分なので

まぁいいかと、黙り込むのです。

 

ガキ使の大みそかスペシャルが放送されなくなりました。

あれ、すっごい楽しみにしてたんだけどね。DTのお二人もそのほかの方も

年だしね、限界だったのかもしれない。まぁコンプライアンスってやつですか?

悪影響を及ぼすってのが最大の理由だとか説もある。

そういうことを言い出した人間が、一番やばいってことに気づいてくれよ。

臭いって言いだした奴が、屁の元だっていうじゃないか。

実はいつか吉田拓郎が、笑ってはいけないに出るんじゃないかと、妄想してたのに。

初っ端のバスのシーンで、乗合す夫婦。旦那は長い髪のかつらをつけた拓郎。

買い物かごをぶら下げた森下愛子。バスの中で痴話げんかを始める。

止めようとするガキ使メンバーに、難題を吹っ掛ける。タンカをたたきつける

森下愛子。吉田拓郎は淡々とバスの座席で、ギターを弾いている。

これを笑わずにいられようか。

面白かっただろうなと、妄想はぷつんと切れた。

 

 

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