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2020年10月 9日 (金)

ハンコ顔

ラジオの話かなんか、アップされてたと思ったでしょう?

違うんだな、これが。そういうのは、他人任せ。今日はハンコの話。

河野大臣の脱ハンコが話題であります。ある意味脱ハンコ賛成、ある意味脱ハンコどうなの?

初めて自分の印鑑を手にしたのは、中学3年生の終わり。卒業間近だったと思う。

毎年記念品と言う位置づけなのか、自分のハンコを卒業生は渡されていたのだ。

進学する奴が大半なのだが、それでも何人かは就職する人間もいた。

社会に出ればハンコも必要になるってことが、始まりだったのかもしれない。

白く丸いハンコの側面には「**中学卒業記念」と書いてあったような記憶がある。

ハンコを持つってのは、大人になるアイテムの一つってことだね。

結局この時いただいたハンコは、後々いろいろ役立つ。高校の時のいろんな書類に押されたと思うし

卒業してバイトを始める時、初めて銀行口座を作った時の銀行印にもなった。

いつの間にか縁が欠けて使わなくなり、今は行方不明だ。

社会に出ると、いろいろな場面で印鑑を押すことになった。ハンコも種類が増え

実印・銀行印・認印などのセットを作ってもらった。初めて車を買う時の契約書。

ドキドキしながら、実印を押したっけ。あの時は、ローンと言うものはなくて

丸専手形と言って、車を購入するとき専門の手形を作った。その手形一枚一枚に

ハンコを押した記憶がある。まぁ、借金の返済をその都度手形を振り出すって形だ。

大人の世界に、一歩踏み出したという実感がこみあげてくるハンコの重み。

そうい自覚を促す意味では印鑑は必要だと思う。

僕はハンコ押すの好きですよ。あぁ、ハンコウスルノモ好きだけどね。

 

いらないと思うハンコもいっぱいあるのも事実だよね。ハンコなんて、偽造もできるし

信用と言う意味じゃやっぱりサインなんだろうと思う。いつかも記事にしたけれど

車のセールスマンが、代筆がバレちゃったと言う件。もうそこまでわかってるのなら

ハンコはいらないと思う。いろいろな書類の確認欄に押されてるハンコも、意味ないなと思うし。

誰かが勝手に押されてもわからない。

自筆捺印となっていると、どっちかでいいんじゃないの?と思ったりもする。

 

じゃぁ、僕はどっちなんだとと問われたら、有ってもいいんじゃないかと思う。

ハンコの代わりに全部サインでって言うのは、違うと思うな。

根付いてる慣習と言うか文化がね日本的でいいと思うよ。なんでもかんでも外国の

やってることに右に倣えって言うも乱暴な気がする。グローバルな点はそりゃ世界の標準に

従った方がいいけれど、婚姻届けとか離婚届けとか捺印廃止って言うのはちがうよな。

ハンコを押す瞬間、ハンコに入れた力が決意なんだよな。書類には思いが残るのだ。

部下の持ってきた書類に目を通して、この稟議書OKです、ってハンコを押す。

責任の証だよな。人に押させるのではなくて自分で押した場合ね。部下も目の前で

押されたハンコを見てる。なんかこう、サインよりも重々しい。

無くしてもいいところは無くせばいいし、必要だと思えば残せない。是々非々でいいじゃない。

河野大臣もそういってた気がするんだけどね。いつの間にか全部廃止だなんて言われちゃって。

ハンコの話は面白いな。ちょっと続けよう。

 

なんでハンコの話しかと言うと、拓郎さんて「ハンコ顔」って言われてたよね、確か。

まっ、そう言う事です。

 

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吉田拓郎」カテゴリの記事

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