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2019年6月20日 (木)

名古屋 否定編

え?名古屋での感想?

ない。

だめか、それじゃ。

じゃぁ。

 

まぁ、正直なところ、あんなもんじゃないの?

ごめん、上からモノ言うようだけど、実際出来はあんなもんじゃないの?

まだ十分やれるよとか、全然変わらないとか、素晴らしいできだとか

本当にそう思ってるんなら、どこを見てどこを聞いてるんだと思う。

僕は素直に、もういいですよ無理しないでくれと思うのです。

とにかく、歌に力がないよ。うまく表現できないけど、力がないよね。

それはいろいろ病気のこととかあるから、仕方ない。それだけで、無理してるんだから。

昔の歌を歌う。

歌ってのは、オリジナルが100%じゃないかと思う。

年月を重ね、それが150%になったりする。

だけど、逆に70%になったり50%になったり。

どういう意味かというと。今回歌われてる「俺を許してくれ」

僕は、これ、あぁ・・と思ったのですよ。

昔、拓郎さんがそこそこ若かったころは、「俺を許せよ」って感じに聞こえた。

今は、「僕を許してください」って聞こえちゃうんだよね。

これは、もうしょうがないんだ。

肺活量だって、腹筋だって、弱ってるんだから。

声に力が入らないのは、自然なことで、しょうがないんだ。

それをね、おだてて、続けさせちゃだめだと思う。

それは、前回の2016年の時も思ったし。

それに、音響のせいもあるんだろうけど、新しい歌の言葉がわからない。

なんて歌ってんだ?と、思うことしきり。

元気だったころは、拓郎さんの歌がすべてを支配してた。

それが、今は結構ごまかしてるよね、バックの音で。

それに、現在のメンバーで演奏するならば、昔の歌は歌うべきでは

無かったと思います。

僕らは、ずっと思い入れている曲でも、彼らにはそうでもない。

彼らの役割は、自分なりの解釈で演奏される曲をかみ砕いて

こうだよねって、やってるわけじゃない?

で、そこには当時からの僕らの思いはない。

現在の彼らの思いだ。

I’m in Loveなんてのは典型的で、あぁ、この曲きいてた時は

あの子一緒に行って、あんな話をしてッていう思いが有るわけで

そこには、あいつがしゃしゃり出てきて、そうあのひげ面ね、

あいつが、弾くステージがこびりついてるわけさ。

でもしゃしゃり出てきてるのは、あいつじゃなくて、こいつだ。

うまいよ、そりゃ、あいつより。

でもこいつには、その時のこちらの思いはないのよ。

長くやってると、そして、長く見てくるとそうなっちゃうじゃん。

現在のメンバーでやるなら、とんとご無沙汰・・くらいから後にしてほしいよね。

DVDとかブルーレイで今回のライブ盤も発売されるんでしょ。

その時に、買ってよく見てくれよ。

僕の言いたいことがわかるだろう。

 

73歳とは思えない、とか、若いよねとか

それは逆に拓郎さんを苦しめることになると思う。

本当に考えて考えて、苦労して構成を決めてると思うよ。

続けて歌うのも2曲が限界。

アンコールで一曲減ったのは、そんなところがあるんじゃないの?

 

とにかくもう、必要以上におだてるのはやめよう。

もう、無理させるな。

拓郎さんは、なんだかんだ言って、みんなの気持ちを受け止めようと

がんばっちゃうじゃん。

頑張らないけどいいでしょうって言いながら、ずっと頑張りすぎてるじゃん。

もうそろそろ、そういうのもいいじゃないのかなぁ。

 

さて、次回は肯定編・感激編と続く予定です。

 

 

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