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2019年5月30日 (木)

プライスレス

10年前名古屋へは車で行き、コンサートが終わると、また夜中の東名高速をとんぼ返り。

そして、翌日は仕事に行きました。

元気でした。今回は新幹線&ホテルを予約しました。新幹線もホテルも抽選などなく

ちゃんと予約がとれました。予約した後で、なんだか経費がかかるなぁと独り言。

確かなことは、その経費(諸々含めてね)に、見合うだけの結果は、拓郎さんからは

得ることはないだろうということ。見合うだけのパフィーマンスはないだろうと思います。

昨夜、予行練習に2016年の時のNHKのライブを、再び見てました。

人生を語らずを、歌ってる場面です。有機ELの大画面だと、生気のあまりない

拓郎さんが目一杯のメイクして、目一杯の声を張り上げてるのが悲しいほどに、くっきりと

映すし出されます。いや、悪気があって書いてるのではないのです。そう見えちゃうのです。

会場では、雰囲気で健在だ!なんて思ってしまいがちですが、そうではない。

確実に老いは見えるし、元気ではない。もう、ここまで無理して、やらなくてもいいのに

ファンである僕らが拓郎さんを動かしてる。自分のためではなくて、ファンのために

無理してたんだろうなぁと、勘ぐるのです。

里美ちゃんの面影を、以前Mちゃんに重ねてみてました。

でも、どうやってもMちゃんは里美ちゃんにかなわない。

それは、僕が一番好きだったのは里美ちゃんで、Mちゃんではない。

というか、僕が一番女の子を好きになれた時に、里美ちゃんはいた。

だから、僕の基準は里美ちゃん。里美ちゃんは、僕より年上なのでもう、とうにおばあちゃん。

おばあちゃんでも、里美ちゃんは里美ちゃんなので、会いたいなぁと思う。でも・・・

会ったらきっと、懐かしいとは思うだろうけど、いや、その前に心臓がバクバクして

若かったころの、何でもしてあげたいって気持ちがこみあげてくるに違いない。

でも、会ったらおばあちゃん。僕の基準は、あの頃の里美ちゃんなので、僕自身も含めて

きっと、悲しくなるだろう。悲しいのは、時が過ぎてしまうこと也。

例えば、2006年ごろのつま恋から、拓郎さん離れして、久々にライブを見るとしよう。

きっとそういう気持ちになるんじゃないかな。でも、好きだから見る。好きだから行く。

拓郎さんは、いろんな面を見せてくれてきた。それは少なくとも僕は、お手本だった。

あの、ちょっと越えられないかもしれないけど、越えていけも、お手本なのだ。

解ってるって。どんなにみんなが、よかったよー、ライブ!って言っても、自分で見ないと。

赤字覚悟だけど、プライスレスなのが拓郎さんだからね。サプライズはないのかな?

 

思わぬところでMちゃんを引き合いに出しましたが、彼女もいろいろあったようで

そのネタは、また今度ね。

 

 

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