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2019年5月31日 (金)

王様たちのハイキング考

令和の最初の一か月も、あっと言う間に過ぎていきます。

天皇陛下のご退位と新天皇陛下のご即位から一か月。

天皇陛下といえば、ずいぶん年長で遠い存在だったのでありますが、
今上天皇は学年でいうと僕は同学年なのです。

この、複雑な感情が分かりますかな?天皇陛下と同じ年。

イメージとして、昭和天皇は僕が物心ついた時からおじいちゃん。
現在の上皇は即位されたときには、父親。
そして、いまや、同世代の天皇陛下が誕生。やっぱり時代は変わる。

そうそう、蒸し返すようで、なんですがね、
平成20年のご即位20年記念イベントは、やっぱりEXILではなくて、
拓郎さんが務めるべきだったよなぁ。
そして、王様たちのハイキングでも、熱唱して欲しかったよね。
まぁ、サザンみたいになっても責任は持たんが。

 

王様たちのハイキングと言えば、僕がいまさら言う必要はないけれど、
拓郎バンド全盛時の名曲ですな。

ファミリーとかアジアの片隅で、とかと並ぶもう一回やってくれると嬉しいけれど、
絶対やらないだろうなトリオの一角を担ってるわけです。

ファミリー・アジ片は、もはや今更歌っても迫力に欠けるかもしれないし、
今のバンドメンバーでは、似合わない。ちなみにですが、アジアの片隅では、
夜ヒットの中で歌った時が、賛否両論あろうともNo.1だったと思ってます。

王様たちのハイキングは、そういうことではなくて、封印されてるわけですよね。
これは、皆さんご存知で拓郎さんご本人も、よく話されてることでです。

母親問題。

お母さんが、思い上がりもほどほどにせいよ、とは言わなかっただろうけどね。

歌うな!なのか、歌わない方がいいよ、なのかはわからないけれど
お母さんの意向で、歌わなくなったとか。まっ、知らない人はいない話ですな。

で、それをかたくなに守ってる拓郎さんが、好きだし、その気持ちは大いにわかるのです。

僕は、二十歳の時に父を亡くし、その数年後兄貴も亡くしたせいで、
母親は僕をかなり頼っていたと思う。まぁ、それこそ、いろいろあって、
4年半ほど前に母親も父と兄の元に旅立っていきました。

最後の十年ほどは、介護の真似事もさせてもらって、
母に受けた恩を少しは返せたかなと思うのです。

母に受けた恩。それは何か?

それは、一言でいうと難しすぎるけれど、
「帰れる場所」をいつも作ってくれてたことですかな。
二十歳前、いや、二十歳をずいぶん過ぎてからもね。

数えきれない嘘をつき、数えきれないわがままを言いました。
すべての嘘を、嘘だと解っていても信用してくれて、すべてのわがままを、受け止めてくれました。
例えば、すべての人が敵だったとしても、母は僕を味方してくれました。
そんな存在は唯一無二です。これこそはと愛した人だって、結局他人なのです。
結構人の世話にはならず(御好意や御厚意は大いに受けましたが)生きてきたつもりですが
母親には、頭が上がらない青春のひと時を過ごしてました。

王様たちのハイキングのエピソードを知った時に、
人間吉田拓郎が本当に好きになりました。

昔、NAC5の特番で小室等氏が、金沢の事件の時のお母さんの行動や
教会でディランの曲を歌ったエピソードなど紹介された時があります。
youtubeなどにアップされてるようなので、知らない方はいないと思うがお聞きあれ。
僕は、そのお母さんの拓郎さんへの思いを、しっかり受け止めてる拓郎さんが好きです。
マザコンとかとは、次元の違うものなのです。

母親の言いつけを守り(要望か?)、王様たちを封印し続ける拓郎さんに

僕は僕を重ねるのです。

 

 

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