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2021年6月14日 (月)

アジアの片隅で

血圧降下剤を飲み始めて、もう結構経つ。おかげで正常だと言われてる血圧を

保ってるのです。ところが、人間ドックでは、なんと上が148という数値。

おかしいなぁ?まぁ、そんな時もあるさと、気にしない。いつも同じ数値を

保っているようでは、人間じゃない。数値に惑わされるな。すべてはフィーリングだ。

まっ、そう思わんとドキドキだよ。いいじゃないか、人間だもの。

 

さてぇ、やるのか、やらないのかオリンピック。もうやるしかないだろう、ここまで来たら。

開催には基本的に反対だが、やるんだったら絶対僕にコロナをうつらせるなよと思う。

だいたいだ、アスリートというと純粋にスポーツを極めようと、そんなイメージがあるけれど

オリンピックに出てくる連中は、あくまで企業の広告塔だ。

所属会社のCMに出演し、素人よりひどい振り付けで笑顔を振りまく。これのどこが純粋なんだ?

応援する方だって、何の価値もない選手をバックアップなどしない。なんといっても、どう言い訳しようと

スポーツはオリンピックを頂点とした「金儲け」じゃないのか?

これが、プロスポーツならばそれは当たり前だけど、あくまでアマチュアとして清廉潔白を押し出し

裏ではわけわからんことをやってる。いくらアマチュアという大義名分を旗印にしても

誰も信用はしないぜ。命を懸けて4年に一度の戦いに臨んでいるなんて、アホなこと言っている方がいたようだけど

それは周りがやらせてるからだ。スポーツに命を懸けるアマチュアなんて、愚の骨頂。

たかだか、金メダルなんてものに、命を懸ける方がおかしいと思えば、楽しく競技できるのにな。

とにかくだ!世界中から人が集まれば、多いか少ないかは判断しかねるが、少なくともやらないよりは

このコロナ禍は収まるのが遅れる。そして、そのためにオリンピックがなければ、罹患しなかったのにって

いう人の中に、僕の大事な人たちが含まれて、万が一のことがあったら、オリンピックを許さない。

賢人は、石橋をたたいても、君子危うきに近寄らず。

何のために、吉田拓郎は最後のステージをあきらめたのか、それをこの国のなんちゃって為政者は胸に刻め。

 

 

さて、応募はしないけど、せっかくなので「歌わない歌」を考えてみた。

歌えない歌じゃないよね、歌わない歌だよな。

うむ、アジアの片隅でなんてのも歌わないし、ファミリーなんても歌わないだろう。

それよりもっと歌わない歌・・・ちょっと考えてみよう。

 

2021年6月13日 (日)

イメージの詩

昨日の人間ドックだが、オプションで受けた検査結果は後日知らされるという。

頸動脈超音波検査ってやつだ。まぁ、来てからのお楽しみ。

ところで、胃のレントゲンの代わに、胃カメラをチョイスしたので、検査を受けながら

自分の腹の中を、見ることができた。何しろ過去数回、胃カメラに関しては、医師から

胃カメラ検査患者のスペシャリストと称されてるわけで、余裕で観察したのだ。

自分の腹の中を探られる。そこには、本当の自分が潜んでいる。

多少のおかしなところはあっても、無問題。きれいなもんよ。それが本来の自分の姿だ。

いろんな試薬みたいなのをかけられたり、空気を送り込まれたりしても、その姿に変わりなく

なんでも飲み込んで吸収してやろうという心意気が伝わってくる、我が消化器系。

レントゲンのように、まどろっこしい検査では、この気分は味わえない。

直接覗き込むことによって、真の姿が現れる。

 

イメージの詩にしろ今日までそして明日からにしろ、あの頃のあの年代の心の中に

直接入っていったからこそ、あんな歌たちで、本当の自分のやりたい事とか、今の自分とか

見えてたんじゃないか。あの頃の歌は、こちらの腹を探り、本来の自分を目覚めさせた。

今思うとそんな気がするんだよね。

僕の場合を言わせていただくと、それほど「イメージの詩」とか「今日まで・・」とか

「人間なんて」とかには、思い入れはないしな。むしろ、なんで?って部分が多い。

信じるものがあったとしても、信じないそぶり・・??

別に、信じてるよって言ってもいいんじゃないか。この世に信じるものは、いっぱいあるし。

そんな感じですよ。

今どきの小学生が、学校の帰り道で「夏休み」をみんなで歌いながら帰るのは、ほほえましいが

映画で見た「イメージの詩」を歌いながら帰る画を想像したら、ちょっと違うと思うわないかい?

「馬」だったら、どうだっただろうね‥

2021年6月12日 (土)

俺だけダルセーニョ

久しぶりの人間ドック無事終了。

血糖値が高いの、胆石かも?だの、内臓脂肪が多いだの、まぁ即入院!

その心配は遠のいた。これからは毎年一回はドック入りを目指そう。

そんな心配事の中で、うっかりラジオのことを忘れてた。月一ANN。

目新しい出来事はあったか?これこそはと、思うような話はあったか?

あぁ、また今日もこまっちゃくれた女の子の話かい?いやだね。

時代は移り変わろうと、変わっちゃいけないことがある。

それは若かった頃、子供の頃わからなかったことが、経験を重ね分かるようになる。

逆に、わかっちゃいけないことが、若い頃、子供の頃にあるわけだ。

今日まで明日からを好きなガキを称賛できる愚かさは、僕にはない。

そして、今日まで明日からを、いまだに心の糧にしてる老人には、なろうとも思わない。

自分で書いた手紙なら、なんてやらしいガキなんだと思う。たぶん背後の大人の匂いがするよ。

あぁそうそう、紀平梨花だが、先日の聖火リレーでは、「あなた誰?」状態だったね。

別人だな。ぷっくりというより、それでジャンプできるんかってくらい丸くなってた。

なんだかんだ言って、浅田真央はいつも浅田真央だったよな。永遠に松田聖子が聖子ちゃんみたいなね。

とにかくだ、あのイメージの詩は聞くたびに嫌になる気がする。

だったら、そんなに聞くなよ、とな?おっしゃる通り。いや、それだけ気になってるってことよ。

 

思い過ごしなら、いいなと思うし、すごい勘違いならいいと思う事がある。

ある瞬間から、吉田拓郎は変化した。徐々にではなくてまるで、一般道から

インターチェンジで高速に乗ったような感じがする。気持ちが急いでいる。

終点を決めて、もうダルセーニョは終わりだよと言っている。

うむ、まぁ思い過ごしということで。

 

なかなか、ここもリニューアルしないな。するする詐欺か?

これぞ、俺だけダルセーニョ。

 

2021年6月11日 (金)

都万の秋を聞きながら。

ここのところ、妙な夢を続けてみる。妙な・・というよりはどうも不吉な‥

なんのことはないのだ。お世話になった亡くなった方の夢を見る。

別に、普段と変わりなく意識もしないのに、夜、僕の頭の中で説教を垂れたり

笑っていたり、ムスッとしてたり様々。どうもね。

母方の祖母の葬儀の夢の中で、あの世の方々が総出という夢を見た日にゃ、とても落ち着かないよ。

これは、明日受ける人間ドックで、もしかしたらまずい結果が出る前兆か?

ドキドキの頂点に達してるのだ。まさか、すぐに精密検査でそのまま入院などということは

ないだろうな。まぁ、何事もなく健康ですよと、言われたいもんだよ。

 

さて、今日同僚と話していて、ひょんなきかっけで「隠岐」の話題になった。

彼は元居酒屋の店主で、隠岐の海士町の岩ガキを扱っていたという。

そこから、隠岐評論家の僕としては、怒涛の隠岐称賛話を繰り広げたわけだ。

いかに、隠岐というところが、人を惹きつけるか。ちょうどよい船旅での距離。

風光明媚、新鮮な食材、そして歴史の島。話しているうちに、こちらもなぜか旅気分に酔いしれる。

昔の旅路を、頭の中で蘇らせる。作詞家が見た風景は、今はもうないけれど、それでも俗な観光地とは

違うだろう。都万村の宿泊施設は立派になってるし、フェリーターミナルだって、立派になってるだろう。

だけど、きっと都万村に伝わっていたお地蔵さまは、まだきっと地元の人に手厚くされているだろう。

摩天崖の上では、馬や牛がのんびり草を食んでいるだろう。記憶の中の旅が、くるくる駆け巡る。

定年の時、休暇をもらってちょっと旅行をしたいと思っていたけれど、そんな余裕もなかった。

だから、今度はリタイアした時にどこかに出かけてみたいと考えていた。どこかへ・・。

隠岐にもう一度旅したいと、今日思った。思ったけど‥

 

旅というのは、行くだけではないんだな。旅先でいろんなことがある。

そいつを誰かに話す。それは自慢だったり共感だったり。それが楽しい。

リタイア後だと、旅してもそれができないな。どれだけ自分が感動したかを

誰かに伝える。それが旅の最終目的だ。だから、聞いてもらう代償に土産など買うのだ。

隠岐でもどこでもいいが、旅して帰ってきて、玄関先にたむろする猫たちに

いやぁ、都万村は全然変わってなかったよと、語りかけるのもいかがなものか。

そんな自分を想像したら、やっぱりいつかもう一度行きたいなと、ずっと思い続けるのが

正解なのかもしれないなと、思う。

 

さて、人間ドックのため、今日は早めに寝るか。

2021年6月 8日 (火)

スマホを眺めて。

暇な時間に、スマホ画面をのぞいていると、様々な情報が目に飛び込んでくる。

どこで、監視してるのかと思うほど、こちらの興味のある記事と見出しが、画面に踊る。

今日もいくつか吉田拓郎に関しての情報が、こちらの気を向かせる。

赤坂泰彦は、吉田拓郎と谷村新司がフォークソングのイメージを変えたと、インタビューに答えてた。

え?今更そういうのが記事になるの?いやぁ、谷村はとにかくも、拓郎さんはイメージを変えたのではない。

無かったスタイルを構築したのだ。こいつ分かってねぇなと思った。だから干されんだよ。

明石家さんまと東野幸治の相性が、目に飛び込んできた。

さんまは、拓郎ファン。東野はさだまさしファン。だから、実のところ相性は悪い。

それはそうかもしれないけど、短絡すぎるだろう。

LOVE2の時の、さだまさしに対しての拓郎さんの言動を引用して、拓郎さんはさだが嫌い。

だから、二人の相性も良くないと。くだらない。

拓郎さんは、ある程度自分の言動でファンは喜ぶし、話題性もあるっていう、おまけにポーズもあって

さだが嫌いだと言ってんじゃないか。

 

まっ、こんな感じでここのところ、連日何かしらの拓郎ネタの記事が上がってくる。

これは何か大きな力が動いているのか?

ちょっとづつ小出しに吉田拓郎を世間に浸透させようとしている、何か見えない力。

それがなんだかはわからない。

君のスマホには、いったいどんな拓郎記事が飛び込んでいるんだろうか?

 

2021年6月 5日 (土)

奴の漢を見た。

まぁ、生粋のちょっと変わった吉田拓郎のファンですよ。

何度も言うように、何でもかんでも拓郎さんが正解!ごもっともとは言わない。

ただね、今回のラストライブのあきらめ方に関しては、尊敬するし重く受け止めよう。

だから言うけれど、まぁ、誰に言うのでもないけどね。

オリンピックはやめよう。こうしてコロナ禍はすっきり収まる気配がない。

少なくとも、現状維持を続け用心して、そして待つ。これしかない。

だからラストライブだって延期ではなく中止。ここでオリンピックをやっちゃって

やらなきゃよかったって、事態になるかならないかはわからない。

少なくともやってよかったっていう確率よりは、やらないでよかったと思える確率の方が高い。

オリンピックをやりました。手の付けられないパンデミックには至らないまでも

多少日本人に感染が広がりました。そのなかで、重症になり命を落とす方がいるかもしれない。

オリンピックをやらなければ、そんな事には、ならなかった方が一人でも出たら、

オリンピックの正義なんてどこにもないし、「専門家」の意見を無視した罪は、償いきれない。

もう、僕らが子供頃の東京とかメキシコとか、あの頃のオリンピックとは別物だ。

あの頃の金メダルと今の金メダルは違うんだよな。オリンピックで金メダルで国民は高揚なんかしない。

 

さすがに、今の政府は無関心な僕でさえ、はらわたが煮えくり返る。

菅総理が就任した時に、僕は「こいつはリーダーの面構えじゃない」といった気がする。

その周囲の面々も、同じ穴の狢だ。何のためのオリンピックだという質問に答えようとしない。

答えられないんだよ。拓郎さんのラストライブ中止の答えは明快だった。

リーダーは、潔さがなければならない。すべてに明快でなければならない。

最悪の時期に最悪のリーダーを据え付けた日本の不運。

 

まぁよほどの藪医者でない限り、お医者さんの言うとおりに病気は進行する。

我が母親がそうだった。10年後にはこんな感じだよ、今からその時のことを考えておいてと

言われて、10年後にお医者さんの言うとおりになった。そこに奇跡はない。

政治家の言うことになった例はない。政治家が大丈夫と言って、大丈夫だったことは記憶にない。

 

尾身先生の男を見た気がする。

 

2021年6月 4日 (金)

ずっと好きだった

リニューアル中とはいえ、なんか更新しないとね。

最近、またアコギ熱が復活して、さすがにANJIは自分では無理なのがわかったけど

無謀にも、斉藤和義に挑戦中であります。「ずっと好きだった」なのです。

なぁにね、斉藤氏がアコギの弾き語りでやってるのを見てさ、かっこいいと思ってね。

あのぉ、「祭りのあと」の弾き語りがえらくかっこよく思える感じ。あれと一緒。

ただねぇ、拓郎さんの優しいところは、こういうかっこよく見えるところを

みんなに真似しやすくさせてくれてるんだろうと思うよ。カポ5フレだもんな。

「ずっと好きだった」は、B♭でしかも小指が大活躍のロックンロール。手がつるよ。

ちなみに、「ある雨の日の情景」のイントロは、なんとか格好がつきました。はい。

 

弾き語りなんてやらねぇよ。俺のルーツは、ロックンロールだ。っていうのはわかりましたよ。

でもね、正直に言ってもいいんじゃないかと。

’79から数年の吉田拓郎の弾き語りは、あのギターの味も含めて日本一である。

日本一というのは、過去未来を通じても、という事である。そいつを否定しちゃいけない。

それほどクオリティーは高かった。それは、自他ともに認めてもいいんじゃないか。

今は望むべくもない。それはそれでいいんだ。できないんだから。

ただ、できないから、あれは違うんだというようなことは、言ってほしくないなぁ。

素直に、もうできないからやらない。無い物ねだりはやめてくれって言ってくれた方が

なんかすっきりするんだけどな。

ポケットから手を出さない長嶋茂雄氏だって、かっこ悪いなんて思わない。

年取ったなとは思うけれど、その背景には子供の頃憧れた背番号3が躍動してる。

きっと、やり終えた拓郎さんを見たら、そんな感じになるんだろうと思うよ。

 

ところで、なんか剛の周りが騒がしいな。あぁ、kinkiのね。

うむ、どうせなら拓郎さんの事務所に入っちゃえば?

 

さて、練習するか「ずっと好きだった」

 

 

 

 

 

2021年6月 1日 (火)

リニューアル決定。

それほど大した理由もないんだけどリニューアルをいたします。

まぁ、正直飽きた。いっそのこと、YouTubeにでもチャンネル作って

blogの代わりに、文字が流れて音声が流れてって、あんな感じもいいなと思ったけれど

なんかそれも面倒だな。

おそらく、ご覧いただいてた方々は、気付いていたでありましょうが

ホントに飽きた。何に?だって?吉田拓郎について語ることにさ。

なんか書こうとして途中で気付く。これ昔書いたよなって。

僕は、基本的に難しい話や、屁理屈や、マニアックな話や、そういうのは無理。

好きか嫌いかだ。なんか、語りつくしてるような気もする。

そして、今は、いや今の吉田拓郎をそれほど必要としてない自分がいる。

だから、昔のように、何が何でも拓郎が正義だって気もない。

しかしだ。必要としてないけれど、捨てる気など毛頭ない。

そういう葛藤の中で、結局は「飽きた」のである。

で、これを打破するのは、リニューアルだ。

眠気を覚ますのは「眠眠打破」だが、マンネリを打破するのは

リニューアルだ。なんかいいね、「リニューアル」

昔の面影を残しつつ、現代志向にマッチしたインテリアみたいなさ・・

そういうのを、思い浮かべてます。

人間ドック入りを機に、新生見出し人間と行きますか・・・・

またそのうち会おう。

 

2021年5月30日 (日)

昼寝をしても夜は眠い。

先週今週と、庭の手入れに精を出した。伸びすぎた庭木を高枝チェーンソーとかいうので

片っ端から枝を落とす。二階の屋根に届きそうだった木々を、きれいさっぱり風通しを

よくしてやると、気分も変わる。おかげで切り落とした枝や葉っぱで、90Lのビニール袋は

延べ30袋にもなったけどね。そして、肩とか腰に多少の不安が残ったけれど。

おまけに、雑草がこちらの隙を狙ってたがごとく、勢いを増してきたので、除草剤の散布。

出かける暇もなく、休日は過ぎていく。そんな暮らしがある。

夕方、ベランダから伐採した木を眺める。あんなに一杯切ったのに、まだボリューム満点。

もうすこし、切り込んでやってもよかったかな。いやいや、過ぎたるはなんとやら。

見る角度によって、印象は違うんだ。路地を通る人は、下から見上げてた。だから、切られた木を見て

きっとすっきりしたなと思うだろう。上から見てもうちょっとというところまで切っていたら

猫の日陰も、虫の隠れ場所も、鳥の休むところも、アマガエルの住処も、みんな失くしてしまっただろう。

これでいい。

 

まぁ、拓郎さんへの今の期待って、そんな感じです。

いろいろ、自分のなかで、ばっさり切り捨てた思いとかある。

勢いで、捨ててしまった思いもある。だけど、結局あまりに吉田拓郎はデカすぎて

相当切ったはずだけど、結局すっきりしたねという感じ。全部切ってしまってたら

自分の居場所をなくすところだった。そんな気がする。

今の感じがいいかなぁと思う。迷走から脱出する見出し人間。

さて、明日は?

2021年5月29日 (土)

拓郎ドック

月一の医者通い。土曜日だというに、意外と空いていた。皮膚科と内科の隣り合った

クリニックだけど、両方行って薬局に行って、一時間で済んだ。

皮膚科では、アレルギーの薬の処方箋をもらうので、ついでに聞いた。

「先生、コロナのあれってこの薬飲んでて大丈夫ですか?」

先生即答「大丈夫、問題ないです」 あっけないな。もう少し考えて言ってよ。

内科では、先日の血液検査の結果を聞く。問題なし。

先生が言う。「何か最近気になることはありますか?」

気になること?気になることと云えば、今をどうするかだ。それと・・

拓郎さんは、本当にラストアルバムを作れるのかよ。それだけだ。

たぶん、そういうと話は長くなりそうな気がしたので、「特に・・」と

答えておいた。いや、本当は、気がかりなことは山ほどある。気がかかりだけど

人間ドックを受診するので、今はいいや。なんか、自分の健康さえ、面倒な気がする。

面倒だけど、まだ死にたくはないので、心配事は排除しておきたい。それで、久しぶりに人間ドック入り。

健保や会社から補助が出ることもあってね。しかし心配事を排除したいのに、それを心配するという悪循環に陥る。

もしも、なんか見つかったらどうしよう。何かあったら困るので、早めに見つけるために受けるのに

見つかったらどうしようと言う、おかしな思考。見つかったら、あぁ見つけてよかったと思うはずなのに。

とにかく、一度体も総点検しとく時期なんだろう。

 

思ったんだけど、ファンも数年に一度「拓郎ドック」ってのを、受診した方がいいな。

健全なファンでいるために、いろいろと検査する。

肺活量測定は大きく息を吸い込んで、「ウィンブルドンの夢」を一気に歌う。

聴力検査は、アルバムバージョンの「人間なんて」で、人間なんてららら・・が、何秒で聞こえるか。

春だったねを聞いたら、ちゃんと血圧が180を超えるか。

まぁ、あとは自分で想像してみてくれ。

やっぱりね、何かのきっかけがないと、拓郎熱は冷めてくるものよ。

これより熱くはなれないけれど、せめて現状維持のために、拓郎ドックを構築しよう。

 

ここ数週間の何となくダルセーニョ、ちゃうちゃう、何となくだるいのよから、いくらか

持ち直してきたな。さて、明日は?

 

 

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