2024年3月 2日 (土)

日々を憂う

たまに、そう、年に何回か「人生を語らず」や「祭りのあと」を聞きたくなり

部屋に流す。それもファーストテイクのやつをね。ライブのや、アレンジしたものじゃない。

素のやつをね。錆びつきそうな心に、あの頃の潤滑油を注油するというやつかな。

ごくたまに「花嫁になる君に」をうっかり流す。心の底に沈めていた思い出が浮かんで、

だけど、その思い出が細い針のように、チクリと心を刺して快い痛みに、苦笑いをする。

そして流れていく大部分の毎日は、これからの先の日々を憂うことに費やされるのだ。

 

いつも、”何かいいことはないかな?”と思う。”何か素敵な出来事が起きないかな”とも思う。

その”何か”と言うのが、わかりかけてきた気がする。

寒い夜に、暖房の効いた部屋で眠りにつく。あったかい布団に包まれてね。

そして、目覚ましで薄暗いうちに起こされて、一人ぶつぶつ言いながら、ベッドを抜け出し

仕事に向かう。あぁ、これってもしかしたら、”いい事”で”素敵な事”なのかもと。

生きてるんだもんな。これ以上いい事ってないよな。

人生に引退はない。引退しない人生・・そいつが”イイコト”なのかもしれないなぁと。

日々を憂うのは、やめにした。

 

 

 

 

 

 

2024年2月28日 (水)

こだわることにしました。

三年半ほど前に書いた記事に、コメントをいただいた。

あの日本ハーフと言うジーンズの記事だ。

知ってる人は知っている。というか、40数年を経てもまだ覚えている。

そいつがすごい。吉川団十郎を知っている君くらいすごいことだ。

あの頃は・・・とだんだん思い出す。

ビッグジョン、エドウィン、ラングラー、それにリーとリーバイス。

いろんなのがあったっけ。今も健在か?わからん。

なぜならば、ジーンズはユニクロばかりだもの。

あの、日本ハーフを選んだ頃の着るものに対してのこだわりが今はない。

なんでもいいや、快適ならば。そこで思う。それでいいのか?

快適と言うのは、堕落と言う言葉を含むのではないか?

快適よりも、もっと大事なものがあるんじゃないのか?

そいつは、自分へのこだわりだ。そいつをいつの間にか忘れてしまってる。

みんながみんなユニクロのジーンズ、みんながみんなユニクロのダウン。

かっこいいとは思うけど、それじゃあんまり、安易じゃないか。

 

えー!?拓郎さん、また新しいアルバムですと?楽しみ~!と言うようなことを

年賀状にしたためたけれど、それは撤回する。

なんでもいいや、また歌ってくれるなら。それは違う。歌うだけでいいのか?

いや、こだわろう。ここまで続けたファン道だ。つらぬこう。

歌うからには、ファンを唸らせるものを。80近いおじいちゃんだから、こんなもんだ。

それは違う。どこまでも「拓郎」であり続けるアルバムを。そこにこだわって欲しいよ。

 

さて、年頭にちょっと無理をしまして、狭窄症の具合が悪化しましてね。

普通に生活はできるし仕事もできるんだが、どうもテンションが上がらない日々なのです。

ぼちぼち、再開しますんで、気になったらたまにで結構でありますので、覗いてみてくだいな。

 

猫猫さん、ありがとうございました。

2024年1月13日 (土)

初もうで

まっ、考えることはみんな同じか。

 

ところで、遅まきながら本日初詣。

いいんですよ、一月中に行けば・・

ところは、毎年おなじみの群馬県は榛名神社。

小生、通勤に車を使用しております。通勤が主な使用です。

それほど距離乗らないのです。これって車にとって良くない。

時には、高速を程よく走ってやった方が調子が良い。

動くものは、停めておくより、常に動かした方が長持ち。

冷蔵庫なんかよくそういうじゃないですか。

家からそこそこ高速乗ってちょうどよい場所にあるのが榛名神社。

まぁそんなことはどうでもいいんだけど。

 

とりあえず、毎年のごとく正式参拝と言うやつで、何をご祈祷してもらうか

いつも悩む。厄年の時は厄除け。八方塞の時は方位除け。何でもない時は?

家内安全とか?今年は、「開運」という事でお願いします。

たのむよ、今まで自分の運のなさはあきらめる。運の良い老後にしておくれ。

縋りつく思いなのです。

だけど、今回のご祈祷をしてくれた神主さん。まだ見習いなのかもしれんなぁ。

体格は良い。横に。もうちょっとやせた方がいいんじゃない?程度だね。

だって、立ち上がるたびにふらつくのよ。危なっかしいたらありゃしない。

で、もうちょっとで、はたきの親分みたいなやつで、ササっとやるのを忘れそうになるし。

まぁ、神の御前なので許したけどね。

しかし神社も、年々経費節減なのかな。授与品としてお札、玄関の魔除け札、お神酒はくれる。

金額によって絵馬が付く。もちろん今回も絵馬はついてきた。だけど、数年前はお守りもくれた。

ちょっとした御饌のくれた。今年は両方なかった。神社の運営も厳しいんだろうな。

それで、その絵馬に今年も、お願いを書いてきた。

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令和6年 吉田拓郎NEWアルバム&できればライブ実現

タノムヨ

 

今年も見出し人間とその仲間たちに

幸多かれ

見出し人間 あそちゃん

と、そう書いてぶら下げてきました。

 

たぶん、これで、貴殿たちの令和6年は、輝かしいものになるはず。

信じる者は救われる。

 

2024年1月12日 (金)

乾杯

つま恋のステージに、中島みゆきさんが登場したのを見た時くらい

びっくりしたなぁ、もー。

百田に堂本。昔だったらお仲人さんは、吉田拓郎夫妻で決まりだったかもね。

えー、新郎の堂本剛君は、何を隠そう私のギター教室の生徒でして・・・

などと言うスピーチが聞けたかもしれない。

ももクロのファンて、まぁいわゆるモノノフの方々は、これって冷めないのかな?

どうなんだろうと、変な心配をする。

しかし、一番驚いたのはさ、剛が44歳だったってこと。

硝子のオッサンや。

さて、明日は初詣。皆さんのご多幸をお祈りしてきます。

 

2024年1月 9日 (火)

舟唄

風呂につかりながら、サブスクで八代亜紀さんを聴く。

この年になってあらためて思うのは、八代亜紀さんていい声だなぁ。

”なみだ恋” 夜の新宿 裏通り・・・

今は亡き我が親父殿は、晩年八代亜紀さんの大ファンだった。

たぶん僕が拓郎!って大騒ぎしてたのと同じくらいの八代亜紀ファンだった。

「カカァ質に入れても、絶対見に行く!」と息巻いていたのだが、終ぞコンサートに

行かずじまいであの世に行った。

当時は、カラオケだけのレコードって言うのがあった。八代亜紀さんの曲ばかりを集めた

カラオケ集なんてのがあって、それを買い求めたおやじ殿、当時は結構高かったSONYの

ZILBAPなるでっかいラジカセとレコードプレーヤーを買い込み、おまけにいろいろと

ミキシングマイクなども買い込んだ。通販などないので知り合いの電器屋から

取り寄せたんだろうか?とにかく、親父殿の部屋は、ちょっとしたカラオケルームと化した。

仕事から帰ってくると、うがいをしていきなりマイクを握る。

よ~るぅのぉしんじゅぅくううう とちょっと音程が定まらないいのはご愛敬。

まぁそれでも、余興の場で歌えば、拍手は貰える程度には歌えていた。

しかし、ちょっとでも部屋の外で騒ごうものなら、いきなり扉を開けて憤怒の表情で

怒鳴り散らす。わかったよ、静かにしてやるよ。

親父殿が逝ったあと、遺品整理をしていると、そのころに録音したテープがたくさん出てきた。

インデックスに八代亜紀集みたいなことがいっぱい書いてある。

本当に、八代亜紀に惚れてたんだなとしみじみ思った。

時は流れて、八代亜紀の歌に再会する。

僕が憧れているのは、吉田拓郎と高倉健。その健さんの映画「駅station」を見た。

舟唄である。ヴォルガじゃないよ、ただの舟唄だ。

倍賞千恵子と健さんが、増毛の小料理屋でテレビを見てる。おかみさんと吹雪で船待ちの

客が大みそかの夜、テレビを見ながら、酒を飲む。小さなテレビから八代亜紀さんが歌声が

流れてくる。

お酒はぬるめの燗がいい・・

吹雪で雪に覆われた街の一角の小料理屋で、舟唄が流れる。いいシーンだった。

その舟唄と健さんに憧れて、真冬の増毛から雄冬の旅に出た。

倍賞千恵子さんみたいなおかみさんには縁がなかったし、舟唄も聞こえない。

まっ、酒は飲めないんで小料理屋など縁がないんだもん。

だけど、舟唄はしみた。悲しくさせるとも違う。喜ぶのとも違う。

”気分”が穏やかに溶けていく。時間の流れに左右されずに、体の中のどこにあるのか

知らないけれど、確実に心に気分が溶けていく。

拓郎でいえば、マスターのひとり言みたいなもんだ。

 

八代亜紀さんの歌声が風呂場に響く。

その歌声はいろいろな思い出を僕の中から引きだした。

聞いていて、親父殿の憤怒の表情が蘇る。あれは真剣だったんだな。

真剣に八代亜紀さんに酔いしれてたんだな。

あの時は騒いでたのは、面白がってふざけてたんだよ、親父殿。御免。

 

お酒はぬるめの燗がいい・・・

いや、僕は炙ったイカだけでいいです。

 

フォーエバー 八代亜紀さん。

 

 

 

2024年1月 6日 (土)

ランちゃんが教えてくれた

あれ?おかしいな。紅白を褒めたら視聴率が相当悪かったようだ。

視聴率が悪いから、つまらないという事にはならないよね。

視聴率が高いから面白いとも限らない。

紅白はつまらないという事前の思い込みがあったから、視聴率が上がらない。

いや、今年(去年?)の紅白は、悪くなかったよ。まっ、余計なのが邪魔って言えばね。

けん玉はいらないな。ディズニーも要らないな。新しい学校も要らないな。

あのちゃんは・・いる。ゆるめるもの頃から見てるけど、ずいぶん変わったよね。

紅白の直前の番組で、山里がMCで出場歌手が次々紹介されてた。山里とあのちゃんは

深夜番組からの付き合い。「あのさん」て山里が言うと、「さん付けで呼ばれたことない。」

あのちゃん、照れたように受け答え。山里もうれしかったんじゃないかな。

まぁ、いろいろあるけれど、やっぱりランちゃんだわ。ランちゃんだよ。

今の技術ならば映像としてキャンディーズ復活できるんじゃなかったのかな。

それが残念。今度やってもらいたいな。

しかしだよ、「普通の女の子に戻りたい」って、あれから40年後にまた紅白に出るなんて

一億人の誰も想像しなかったでしょう。だけど、目の前にはランちゃんだよ。

ライブから身を引くと宣言しても、どうせまた・・・一億人が想像しちゃうよ。

しかし、紙テープ久しぶりに見たわ。そこで思うわけだよ。

全キャン連、全ラン連の方々よ。ありがとうと言いたい。

なぁに、いい年してランちゃんだよ・・・と思わせないあの方々。

むしろ、あそこに集まった熱きファンたちにうらやましいと思わせる。

おじいちゃんおばあちゃんになっても、熱い気持ちのままでいられる。

これは、ものすごく大事なことだよね。あそこに集結した方々は、キャンディーズが

ランちゃんがが宝物なんだよ。そいつは何ものにも、置き換えられない宝物。

心の中の奥深くにしまわれてて、持ち主の魂と一体化してる。

例えばシワは増えて、腹は出てきて、髪も・・だけど、そんなの関係ない。

命のなくなる日まで、燃やし続ける青春の宝物なのだ。

あの、おかしくないんだよね、客観的に見ててもさ。ランちゃんめがけて叫ぶ姿がさ。

僕はずっと思ってたけれど、僕らが拓郎!って叫んでる姿を、僕らには違和感がないけれど

一般のおっさんおばさんから見たら、どうなんだろう?

こいつらまだやってんのかと、思われてるのかな?相当気になっていた。

しかしね、あの全ラン連・全キャン連の方々のあのひたむきさを目の当たりにすると

たくろう!って叫んでも、全然OKじゃないかと、思わせてくれる。

吉田拓郎は、心の中の中心深くおかれている、誰も侵すことのできない宝物。

何回も何回も形を変えてきたけれど、その宝物はクリスタルの輝きのごとく

光を放っている。いや、放っているんじゃなくて、僕らの光を反射させてるんだ。

タクロー!!心の中で叫び続けてる限り、クリスタルは輝く。心が輝く。

僕らの旅は果てしなく続く。

 

今年から、”元”を外しました。いいんだよ、見出し人間で。

 

 

 

2024年1月 5日 (金)

イノルダケ

こんなことがあっていいの?と、言わずにいられない。

天災と人災(と言ってもいいんだろうか?わからないが)が続けざま。

しかも、天災がなければ人災も起こってなかったという巡り合わせ。

人災の方は、捜査の行方を報道で知るしかないけれど、天災は、気が気ではない。

ついつい東日本を思い出させる。崩れた家屋の下に人がいると、テレビは伝える。

どうしても阪神淡路を思い出させる。

外野はあれこれ煩いけれど、救出捜索の方々は今までのノウハウが蓄積されてる。

言い方は変だが「プロ」だ。任せるしかない。じたばた騒ぐよりは、邪魔をせず

口も出さず、必要があれば手を差し出そう。明日は我が身。

非常用のカセットガスのボンベを買い足して、非常食も追加して、飲料水も追加。

今までは3日分と思っていたけれど、一週間分に増やそうと思う。

しかしな、もしも住んでる家がつぶれて下敷きになって、そのまま死んじゃって

いればいいけど、大けがでもしてうめいているのに、誰も気が付いてくれる人が

いないと言う状況があるかもしれんなぁ。今のうちに隣近所との会話を増やしておこうか?

また、義援金の呼びかけがあるだろうな。どこに消えちゃうのかわからない義援金。

それより今回はふるさと納税にしてみようかと。それにしても、1000万すぐに

寄付表明とか、まぁ厭味ったらしいと思うのは、僻みか。

 

どうぞ早く元の暮らしが戻ってきますように、祈ります。

 

 

 

 

 

2024年1月 1日 (月)

謹賀新年

あけまして おめでとうございます。

本年も、お付き合いのほど よろしくお願いします。

 

今年届いた年賀状の文面。

昨年仕事をやめてのんびり・・・

昨年定年してのんびり・・・・

今年定年で・・・・

ちなみに、小生の書いた年賀状にも今年定年と・・・

なんか元気の出る話じゃないような気がするな。

そりゃね、のんびりできる余裕があればいいよ。

多少の蓄えしかない小生など、何かしらの仕事をして小銭を稼ぐ

そんな日々が待ち受けているわけで、暗い年明けなのです。

 

それにしても、どの方とも若い頃からの付き合いで、感慨一入。

みんなそれぞれの人生を歩んできて、それぞれの足跡を残して

この通過点にたどり着いたんだろうな。

そして、また次のステップに歩き出す。

歩けるかい? 歩こうね 歩こうよ。

そんな気分の元日であります。

 

さて、テレビがつまらない。見るべき番組がない。

孤独のグルメもグルメドラマだけに食傷気味。

お笑い番組は、聞いたこともない芸人が、笑えないギャグをがなり立てる。

誰が見てるんだろうなぁと思うよ。

あぁ紅白は良かった。ありゃあれでいいんじゃないか。

昭和や平成のように、歌手がきちんと歌うのもいい。だけど、変わらなきゃ。

あの出演者で昔のような展開だったら、面白くもなんともない。昔のように

「歌で聞かせる」と言う時代ではない。ステージの真ん中でマイクの前で

ただ歌ったって、面白くおかしくもない。

おじさんたちには、理解できない歌手が出てたっていいじゃないか。紅白を

きっかけに、新しい音楽を聴く。それが大事なことだ。

まぁ、68歳のおばあちゃんに「ちゃん」を付けたら申し訳ないけど

ランちゃんいいなぁ。親衛隊もいいなぁ。あの親衛隊の気持ちは、すっげぇよくわかるよね。

たくろう!!って叫んでる、我々と通じるものがある。

吉田拓郎は、なんてったってアイドルなんだから。

ヒーローでありアイドル。

 

そのヒーローでありアイドルである拓郎を、今年も追いかけていきます。

 

 

 

 

2023年12月29日 (金)

暮れていく

行く年くる年、様々人間模様。

本当に一年が早い。あっという間。そんな大げさな。

いや、本当に「あっ」という間に通り過ぎて行った2023。

来年は、現役会社員のラストイヤーだ。その暮らしっぷりが見えてこない。

だいたい、僕には「じいさん」の身近な見本がない。自分のおやじだったり

兄貴だったりが、先にじじいになるので、それを見て参考にするんだろう。

親父も兄貴もじじいになる前に、おじさんの段階であの世行きなので

僕には見本がない。いや、そりゃ叔父とか先輩とかいるけれど、違うんだな。

まぁ、やっぱり参考とすべきは、吉田拓郎ってことになるんだろうけどね。

60代の拓郎さんが語っていた「調子のいい日が永遠に来ない気がする」っていう

表現が、今僕に当てはまっている。

以前はすぐに回復してたあちこちの痛みが、ずっと尾を引いて治らない。

変化することに対応するのに時間がかかる。あぁ、若かったらなぁと

思う事が極端に多い。そしてそれをまぁしょうがないかと済ませてしまう。

真夜中のタクシーの会話で「大人になってみたかったけど大人になったら

ちっとも楽しくない。年をとるってあんまり楽しくない」ってのがあったけど

まさに、今それを実感する。

時を重ねてわかることがある。わかりすぎることもある。

だけど、失ったものも数知れず。そんな2023の暮れ。

 

元祖拓郎ですと自己紹介していたのは、作家の神吉拓郎氏だった。

拓郎ファンの卓郎ですと、言ってかな?森永卓郎氏。

昔から一番頼りない経済アナリストとして認識はしていた。

いや、だいたいテレビでもラジオでも相手に論破されてるもんね。

橋下徹に論破されて、泣き顔になっちゃったのは忘れられない。

年収300万時代と言いながら、それ稼いでいたのも忘れない。

そもそもお坊ちゃまだからね、森永さん。じゃなきゃ、ちっちゃい頃から

あんなにミニカーとか集められないでしょう。

だけど、嫌いじゃないよ。むしろ好感を持っていたのです。

なぜなら、「オタク」だから。ただのオタクではない。

立派な拓郎オタクだからだ。君も僕も森永も、みんな好きだよね 拓郎が。

いや、あの吉田拓郎を語る森永卓郎の熱さ。きっとこれから辛い治療が

待ち受けてるんだろう。だけど「人生を語らず」を頭の中でガンガンかけて

頑張れと思う。クレバーな男が分の悪いケンカに挑戦してるんだ。

これを応援しない奴はいないだろう。

 

今年は巡り合わせで11連休。八日の成人の日まで休みかと思っていたら

八日から出勤だった。たぶん七日の夜は、パーフェクトブルー。

夏休みが終わっちまう子供の気分を思い出すだろう。

来年の初詣も毎年のごとく榛名の神様に皆さんの無事と

そのニューアルバム成功を祈願してこようと思う。

まぁ、グダグダと綴った2023最後の記事。

どちら様も、どうぞよい新年をお迎えください。

 

 

2023年12月20日 (水)

満足です。

ラジコではなくて、誰かがアップしたyoutubeで、この前のANNを聞き直す。

正直に言う。御免。吉田拓郎を侮っていた。いやぁ、あれだけ早口で、しゃべ

りまくることができるんだったら、高島秀武を優に越せる。最年長DJの記録を

是非にでも樹立していただきたい。

吉田拓郎が、明るく楽しく歌ってしゃべると、それだけでうれしい気分になる。

もうね、それだけでいいような気がする。

きっと体調もいいんだろうな。やはり、コロナ禍の最中は閉じこもった生活で

精神的にも鬱屈したものがあったのかもね。今は聞いてるこっちが心地よい。

今だったらできるだろう、WANGAN LIVEの再演を人集めて。

そんな気にもさせる。

 

ところで小田氏と散歩した話だけれど、冷静に考えると我が家の近所で

普通に見かける光景だ。農家のじいちゃんたちが自転車と軽トラを止めて

道端で話し込んでいる。話がまとまったのか、自転車を軽トラの荷台に乗せ

農道を思いっきり揺れながら、走り去る。年代的には拓郎小田世代だ。

たぶん写真は撮られないけどね。そんな感じでしょ。

街に溶け込む拓郎と小田和正っていかにも港区。そこが違うだけじゃん。

 

さて、高中にしろ松任谷さんにしろ、それから加藤和彦氏にしろ、また

いろんなディレクターにしろ、まぁおよそいろんな人が吉田拓郎に関わり

吉田拓郎を作って来たのは、わかるよ。今はね。

でもね、それって後付けで松任谷のアレンジがぁとか高中ってのは、天才で

とか、そういう事ってずっとずっと後になって知ることで、その時は拓郎が

すべてだったんだよね。岡本おさみさんの詞で祭りのあとがあるというのは

それは、理解していたしだから岡本おさみさんに憧れた。そこまでなんだ。

たとえ、一流と言われるミュージシャンが集まってアルバムを作ろうとも

ライブをやろうとも、やはり吉田拓郎のアルバム、吉田拓郎のライブとしか

あの頃は、とらえられなかった。それでよかったんだもん。申し訳ないけれど。

同じような人たちが同じように関わったとしても、吉田拓郎の人間力がなければ

LIVE’73にしろ元気ですにしろ、できなかっただろうと。

吉田拓郎だからこそ、と言うよりは関わった人は、みんな吉田拓郎に惚れてたん

じゃないの?

話はとっちらかってるけれど、僕はその裏の話なんてどうでもいいと思ってる。

LIVE’73の春だったねのイントロは刺激的だった。誰がどう弾いているのか、

それはどうでもよいことだった。刺激的なのが大事だったんだ。

音楽的なことをよくわかってなかったし。それは今でも変わらないけれど。

 

僕は吉田拓郎が好きだからね。

あの元気なしゃべりが聞けて、それだけで満足なのさ。

 

いけね、ラジオに関わる話を書くつもりが・・

そいつは次回。

 

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