2022年6月29日 (水)

ホントに面白かったんだろうか?

ひねくれもの、アマノジャク。なぜ素直に最後のアルバムを称賛してやらない?

はい、それはそうしたい。しかし、あまりにも理想の吉田拓郎からかけ離れてた。

うたはいいよ、わかったよ。僕に音楽的なことを語らせるな。これが、あの吉田拓郎の

着地点だったかと、思う事にするよ。まぁ提灯記事の好きな評論家さんは、まさに

拓郎最後のアルバムにふさわしいとか、持ち上げるんだろう。

アレンジが、鳥山とか武部だったわけでしょ。それに小田和正が一枚かんでる。

このことを知って、ん?と思わない?危なくないんだよ。危うさがないんだよ。

想像できちゃうんだよ。果てしない旅に出る気がしないんだよ。ハプニングが

全然期待できないでしょ。だって、ミスしないんだもん、この3人。

計算通りなんだよな。これって詰まらん。予期せぬことがあるから人生は面白い。

野球だって、イレギュラーやエラーや審判ミスやらそれがあるから興奮もするし

楽しめるし、わくわくする。

それが期待できない。吉田拓郎が提供したコース料理を、黙々と出された順に

ちょっとお上品ぶって食べさせられてる。まずくはないけど、面白みがない。

目玉焼きにかけるのは、醬油だってソースだってマヨネーズだって、人それぞれ

好きなの掛けたいじゃん。

停滞という言葉で一部のファンに、僕に言わせれば「暴言」をはいた。

自分の人生はほっとけと言い続けた。だったら、ファンの人生もほっときなさい。

何もかもが拓郎が正しいと思うあなたは、それでいい。しかし、何もかもが拓郎が

正義なわけじゃない。僕らは十分人生の経験値を上げた。だから言える。

この後は、また後日。

 

さて、なんかうわさで、と言うか他サイトで拝見したのですが、どうやらパターンの違う

アルバムには、おまけがあるとかないとか。じゃあ、両方買っちゃおう。!!

僕はこれがほかのアーティストだったら許せる。だけど、吉田拓郎ともあろう歌手が

そして集大成と位置付けてるアルバムのすることかと言いたい!

なぜジャケットを2パータン用意して販売する必要があるんだい?おかしいじゃないか。

ケースに2枚入れてどっちか好きな方をつかってくれよと言うのが、なぜできない?

そして、姑息にDVDがついてない方には・・・おい、これがあの吉田拓郎がやる事か。

千枚しか売れないところを、太っ腹な気のいいファンを煽ってその半分のファンに

もう一枚買わせる、AKB方式を取り入れてんだぜ。

これを、サプライズと喜んでるの誰だ!せこい商法だという事になぜ気付かない?

ジャケット2枚封入、DVDともう一曲。これが、吉田拓郎じゃないか?

販売サイドか拓郎サイドか、どっちの主導にしてもだ、がっかり商法だ。

「拓郎さん、こういう売り方するとね、ちょっと売り上げ伸びますよね。」

「そうだな、会社も潤う、俺も潤う。」ふざけんなよ。

「いやぁ、それは止めよう。いままで俺についてきてくれたファンに申し訳ない。

ここは全部つけちゃおう。」と、なぜ言えない?

拓郎側から提案したとすれば、もう口あんぐりだ。

 

まだ聞きたい?まぁあんまり難癖付けてもな。

まぁ、僕も「ahー面白かった」っていう人生を送らせてもらったからね。

 

 

2022年6月28日 (火)

フライングで聞き流し。

ずっとラジオも避けてきて、予備知識なしで新しいアルバムを聞いた。

まぁ、76歳が全力を傾けたその心意気は、感じる。

感じるけれど、一般は振り返らない。じゃぁ、kinkiのファンが買うか?

小田和正のファンが買うか?おそらく、買わないと思う。

買わないって言うより、聞かないと思う。ファン以外が聞いても、良いとは思えないっしょ。

 

正直な僕の個人的ファン心理を言わせていただくならば、これじゃない。

最後に、ガツンと「俺を忘れるな!」と、ファン人生にクサビを打ち込んで

くれるような楽曲を待っていた。

これぞ、吉田拓郎。そういうのを期待してた。

で、そっちだったかぁという感じ。

シノハラも奈緒も、どうでもいいんだよなぁ。

欲しかったのは、そういう歌じゃない。作るのはそっち側だけど買うのはこっち側だ。

考えてみると、どんなアルバムでも、何曲かは聞いた後に、口ずさむ曲がある。

耳に残るフレーズがある。それがない。次の日の車の運転中にでも、口ずさんでる曲がある。

それがないんだよな。

 

しかしだよ、しかしここで言いたいのは個人的ファン心理ではない。

76歳にして、このアルバムを出したという快挙。これはギネスには載らないけれど

日本のあらゆる音楽ジャンルを通しても、称賛されるべきものである。

どこかで聞いたようなメロディーと言うなかれ。突き刺さらない言葉と言うなかれ。

自分が76歳になって、このパワーを維持できるか?できるはずない。そこが拓郎の

「らしさ」なのだと思う。

ここ数日、やたらとニュースになってる吉田拓郎のリタイア記事。

アルバムの宣伝としては、役に立ってないけど、まぁそれは仕方ない。

で、どうなんだい?また瞬間的にも「アルバムヒットチャート一位」の最年長記録は?

 

 

2022年6月25日 (土)

ファン

コアなファン、マニアックなファン、普通のファン。

昔からのファン、昔のファン、ちょっと昔のファン。

Kinkiのファン、小田和正のファン、LOVE2ファン。

6月だというのに、体温越えの気温なので、ファンを並べて

涼んでみたけれど、余計熱く(暑く)なった気がする。

 

まぁ、裏切りとは言わないっすよ。期待外れとも言わないっすよ。

でも、おそらく70%くらいのファンは消化不良なんじゃないかと

思うっすよ。

一つの終わらせ方として、LOVE2もいいと思うんだよね。

本人の中で、あれが一つのターニングポイントなんだったら。

ただ、やっぱりさぁ、なぁんか、ちょっと勝手だなと思う気持ちもあるじゃない。

まぁ、勝手でもいいんだけどね。

僕は、やっぱりシノハラとかkinkiとか食えないんだよね。

カツオのたたきと同じで、人がどんなに旨いって言っても

あの血合いの色と匂いは、口に入れたくない。そういうもんです。

まぁ、トリビュートライブで大団円が、正解な気がするんだよな。

LOVE2の中で、そういうのあるの?

 

でも、見るし録画するよ。当たり前じゃん。ファンだもん。

 

僕と拓郎と青い空(58)

長い夢は、岡本おさみさんと旅をしてる夢だった。

上野駅発の夜行列車に揺られている。ボックスシートの向こうとこちらで

僕は缶ビール、岡本さんはウィスキーの小瓶を手に、何やら語り合ってる。

だいたい僕は酒が飲めないのに、缶ビールを持ってることが夢の中らしい。

そしてその様子を、列車の網棚あたりから見下ろしてる自分がいる。

真夜中、減灯され薄暗くなった列車内で、まだ何やら語り合ってる。

そこへ、小室等が別の車両から歩いてきた。そして、通路を挟んだ反対側の席に

腰を下ろす。次に泉谷しげるがやってきて、小室等の横に座る。

僕は、二人に問いかける。「吉田拓郎さんは?」

そこで、記憶が無くなった。

たったそれだけの内容だが、それが延々と続いていたような気がする。

 

目が覚めて、目覚まし時計に手を伸ばして寝ぼけた目で見つめる。

まだ4時前だ。覚えている夢は始末に負えない。

どうも昨夜は、いろんな事と思いが重なったようだ。

会ったことのない人に会う夢は、質が悪いな。それもこれも「ワダノ」からの電話の

せいかもしれない。

 

「旅に唄あり」を読んで、人生が動いた。

こうして唄は作られた・・・なんか安っぽいルポ番組のタイトルみたいだけど、

それが、実感だった。辞書をめくりながら、気になった言葉を抜き出し

パッチワークのように、モザイクタイルのように組合す。それが歌だと思っていたけれど

旅に唄ありは、違う。別に旅をしても、しなくても基本的にその姿勢は変わらない。

旅は人生のことだ。頭の中の、人の辞書ではなくて自分の心の辞書から、単語ではなくて

数珠つなぎになった気持ちを引っ張り出してくる。そうか、そういうことか。

僕は、勝手に解釈した。辞書をいくら引いても、コップでお茶を飲むってフレーズは、ない。

 

受かりそうもない大学を受験しようと思った。落ちて浪人のふりをして・・・

姑息だなと反省する。自分の道は堂々と歩こう。しかし、「岡本おさみ」になります、と

担任に言うには、相当説得力に欠ける。もちろん親にもだ。

何かいい手はないかと悩む。

 

 

ワダノから二日置いた夜に電話があった。

今度は僕も在宅していて、受話器に出た。

懐かしい声が、耳に飛び込む。

 

2022年6月22日 (水)

お知らせ

可愛がってる外猫の具合が悪い。

去年の夏の終わりに、旅立ったと思われる「ボス」の

最後の症状に似ている。

ちょっと、長い夢の続きをアップしている場合ではない。

嫌な予感のする雰囲気なのだ。

楽しみにしてる5,6人の方には、申し訳ないが少々お待ちください。

 

 

2022年6月18日 (土)

僕と拓郎と青い空(57)

久しく忘れていた名前だ。”ワダノカツジ”

たぶん3年ぶり?くらいだろう。僕はもうすでに彼の連絡先を忘れている。

ひと風呂浴びて、部屋に戻る。さっき”エスカルゴ”で書き連ねた言葉を組み立てた。

タイトルは・・「ロシアンティーとアメリカン」・・・・・

どこかで聞き覚えのあるような・・・あぁ!と気が付き、ノートを閉じる。

だめだね、こりゃ。

ワダノか。そういや、最後にあったのはいつどこでだったか、思い出せない。

なんだろうなぁ、今頃。まぁまた連絡してくるんだろうなと、ベッドにもぐりこむ。

その晩、長い夢を見た。

 

俺は吉田拓郎になる!俺は岡本おさみになる!などと、言ってはみたものの、クマガイとて

もちろん僕だって、あくまで憧れである。願書を書いて受験してなろうというわけではない。

着実なのは、カナザワ君だけだ。高校生活も3年生になるとそれぞれのコースに分かれる。

カナザワ君は理数系に、僕とクマガイは文系に分かれた。授業の単位数が変わってくる。

そして、進路もはっきりしてくる。進学か就職か。クマガイは「入れるところに行くよ」と

結構のん気な進学希望だった。お前は吉田拓郎になるって2年前、あんなに騒いだのに。なんだ、それは。

だったら、六大受けて不合格になって、私立の商学部に行かなきゃダメだろう。

僕は・・僕は・・・

僕は、とある映画を見て、憧れた国へ渡るのを夢見てた。

辞書を片手に、ちょっとは文法など間違っていたけれど、何とか願書を書いて

日本で言えば、専門学校みたいなところに応募もしてみた。エアメールで送られてきた封書には

面接の日取りと場所が記されていた。これまた辞書を片手に翻訳してみる。

一か月後の現地。行けるはずはない。それに、多額の費用。あるはずはない。

そんなことはわかっている。これは、できるはずはないという事を自分で確認するための

儀式なのだ。

進学するにも国公立はちょっとな。私大も学費がな。親もそれほど金はないからな。

悶々とする、いやもうちょっと明るく悩む日々。

夏休みも終わった。みんなそれぞれの進路も決まった。カナザワ君は、学者から教師に進路を変えた。

クマガイは、吉田拓郎から公務員に進路を変更した。あれ?それは僕の進路のはずだったのに。

つま恋以来、拓郎は僕らに大きなインパクトを与えることはなかった。アルバムも出して、ツアーもあった。

だけど、僕らはコンサートに行けなかった。行ける範囲に拓郎は来てくれなかった。

それでも、前年のセブンスターショーでテレビの向こう側の拓郎は、やっぱりかっこよく

それだけで、ファンでいられたのだった。僕は、テレビの前にカセットデッキをセットし

イヤホン端子からつないだ線をデッキにつないで、アナログのレベルメーターを必死で見ながら

録音したのだ。

どうすっかな・・下手なギターで祭りのあとを小声で歌う。ねしずまぁあったーのあとの部分が

どう弾いていいのかわからなかった。お手本がない。どう弾いていいか教えてくれる奴もいない。

そいつは、僕の進路と同じだ。自分で決める。それしかない。みんな、どうしてあぁあっさり

決められるのかがわからない。

そんな時、一冊の本が書店に並んだ。

「旅に唄あり 岡本おさみ」だ。

人生が変わった。

 

 

2022年6月17日 (金)

復刻新版かい。

あえて言っちゃうけれど、王ピクのなるさんはよくアンテナはってんなぁと尊敬する。

おそらく、一日24時間のうち、20時間は吉田拓郎の為に脳みその80%を使ってるね。

いや、ふざけてはいません。「旅に唄あり」の復刻新版なんか、知らなきゃそのままだったよ。

だいたいだね、こういうことは、地元民の山陰のA君よ、君がラインででも教えてくれなくちゃ。

あぁ、やり方がわからんのでトラックバックなんぞやりませんが、ご勘弁。

まぁ初版は280ページちょっとだったので、大幅におまけのページが追加されてるな。

かなり楽しみですねぇ。

「僕と・・・」でもうすぐ、「旅に唄あり」を登場させようと思ってたので

何ていいタイミングなんだよ。

この本を読んで、襟裳岬行ったとか、隠岐に何回も行っちゃったとか。

でもって、西尾さんに泊まろうと思ったら、もう廃業してたとか。

そんな人がいっぱいいるんだろうよ。

 

 

 

2022年6月16日 (木)

僕と拓郎と青い空(56)

時間は遅くなったけれど、”エスカルゴ”はまだ営業中だった。

サクマと別れて、車を走らせた先は江の島の海だ。海岸沿いの国道を江の島まで走らせ

この店に来た。駐車場に車はなく、ガラス張りの店内に人気もない。

ちょっと入るのにためらったけれど、まぁここまで来たんだからと、店にふらっと入る。

案内された席は、偶然とはいえあの時と同じ席だ。

あの時・・・サトミさんが花の名前なんて疎い僕に、カスミソウという名前を教えてくれた。

花言葉知ってるわけないよね・・知らない。そんな会話を覚えていた。

そうそう、あの時も他に誰もいなかった。あの時、言えばよかったなぁ。

ガラスの向こうの雨粒が、店から漏れる明かりで、きらきら光っている。

男の店員が、水とメニューを持ってきたが、僕はそれを見ないで、ロシアンティーを注文した。

そして、ふと頭の中にいくつかの言葉が浮かんできた。ノートとシャーペンは常に持ち歩いている。

テーブルにノートを広げ、光る雨粒を見つめながらノートの新しいページに、心が写されていった。

 

クマガイとカナザワ君とは、高校2年生になるとクラス替えで、別のクラスになった。

しかし、仲良しには変わりない。つま恋のあと、僕らは何か自然の力で親友のようになった。

カナザワ君がつま恋で、泣いた理由。クマガイが、吉田拓郎になると決めた本当の理由。

僕は、本当はイワタヤヨイより、テラダマサコが好きになってるんだという告白。

そんなことを、話せる中になっていた。

”ドキドキ”のあと、”マサコさんに捧げる歌”というのを、クマガイと作った。

その制作中にエノモトが参加して、完成前にエノモトがテラダにチクりばれた。

日の目を見る前に”マサコさんに捧げる歌”は、葬り去られた。

相変わらず、僕のギターは上達しなかった。「花嫁になる君に」と「ガラスの言葉」が

永遠に自分には無理だと思えた。

時代は動いていた。元総理が逮捕された。木綿のハンカチーフが売れた。たい焼きも売れた。

僕は、いろんなことにイラつき始めた。自分の未来にイラつき始めた。

革命の旗頭のフォーライフも吉田拓郎も、なんだか輝かなかった。

”俺たちの朝”を見ていた。

答えを知らぬ君にできるのは ただ明けていく青空に問いかけるだけ

何かじわっと来た。

20年も30年も先のことはどうでよい。5年後10年後の自分を知りたい。

ほんの少し、僕は吉田拓郎みたいにかっこよくギターを弾いて、かっこよく歌ってみたかった。

自分を客観的に眺めて、そもそもそういう素養は持ち合わせたない。そこに気が付く。

明らかに無理なことに、青春を費やすのは無駄だ。クマガイは入学早々に僕に言った。

「岡本おさみになれ」その手があった。自分のやりたいことを探したら、特にない。

できることも、見当たらない。あの”コップ”でやられた自分を思い返す。あれは衝撃だった。

歌の世界は、憧れというより自分の居場所のように思えてきた。やってやろうじゃないか。

どんな答えが出るのか知らない。 答えが出ないのはわかっているけれど、校舎の屋上から

青空に問いかける高校2年生だった。

 

ノートの見開きに散文とも、単語の並びとも言えない文章が、書き連なっていた。

雨が上がり始めた。サクマのことは忘れようと思った。もう彼に会うことはない。

手を付けないロシアンティーは冷たくなっていた。

家に帰ると、家人はもう寝ていたので誰も起こさないように台所で、インスタントラーメンを

作り鍋のまま、すする。水道の水を細く絞って、洗い物をした後にテーブルのメモに気が付く。

「ワダノさんから電話あり」

 

続く

 

2022年6月15日 (水)

カラス

ヒッチコックの「鳥」という映画がありました。

鳥が襲ってくるというやつですな。まさかねぇ、実際にあるはずが・・・・

 

あるんです。あるんですよ。やられました。頭めがけて攻撃を受けました。

カラスですが。

朝、駐車場から会社の正門まで歩いて10分。正門までもうちょっという場所。

下を向いて歩いていたら、頭に、何かの衝撃。歩道に植えられている松の枝が

ぶつかったのか?それとも、なんか飛んできたか?なんだ?

「くわぁくわぁくわぁ・・・」と頭上の電線の上をにカラスが、威嚇してる。

えー-?カラスに襲われた?

正門のそばの木に営巣中のカラスが、下を通る人間に威嚇行動してるよう。

そこら中にきらきら光るテープを張り巡らせて、何とか攻撃はされなくなったけど

カラスも守るものの為に、必死なんだろうと、感心しきりなのです。

季節柄、今は鳥一般の繁殖シーズン。都会でも街路樹のうろなどにムクドリが

子育てしてたりするので、そういうの発見するのも面白いよ。

しかし、想像以上にカラスの攻撃は、痛いぞ。

 

それはそうと、不覚と言えば不覚、ドジと言えばドジ。

僕と拓郎と・・の(55)以降をミスって、保存しないでサイトを離れて

都合3回分消えちゃったぁあああ。

鋭意思い出しながら、書いてますので明日には再開できると思う。

最後のアルバム発売までに完結しようと思ったけれど

なんか12月までラジオ続けるの?

それじゃ、もうちょっといろいろ付け加えようっと。

 

 

 

 

2022年6月12日 (日)

僕と拓郎と青い空(55)

少し雨が小降りになった。僕は駅に隣接してる平面駐車場に置いていた

自分の車に乗り込む。サクマと別れてエンジンをかけた車の中で、しばらく考えた。

そうだ、あの時、あのドキドキしてた気持ちを歌にしたんだっけ。どんな言葉を

つなげたのか忘れてしまったけれど、メロディは「静」だった。

こーこーろぉのーってやつを、替え歌にしたんだっけ。拓郎・陽水の世界の文庫分に

確かコード譜も載っていた。WESTONEは弾きにくいギターだった。弦を抑えるのに

えらく力が必要だった。それでもなんとか、コードを押さえてかき鳴らした。

そして、いくつかのパターンの詞をはめてみたけれど、なんかしっくりこない。

でもその作業は、えらく楽しいものだった。気持ちがある。心がある。思いがある。

頭の中だけでは、伝わらない。言葉にする。言葉にしただけじゃ、まだ足りない。

人に伝えるには、メロディに乗っけて聞かせる。あぁ、歌ってこう言う風に生まれてきたんだなと思う。

歌を作るってのは、人に聞かせるためだ。何かを伝える手段だ。

そして、伝わったのなら何かが変わる。

あの時、僕もクマガイもカナザワ君も、そしてオカベさんも少し変わった。

吉田拓郎は、歌で何かを伝えようとした。その”何か”は、人によって違う。

慰めだったり、応援だったりいろいろだ。

 

しばらく僕は、ドキドキを”静”に乗せる作業に没頭した。最終的に、陳腐な言葉の羅列で

完成させた。結局、ギターを買いに行ったら、素敵なお姉さんに会って、憧れたという

なんとも、ありがちな”ど素人”的な替え歌が完成した。

完成したら、聞かせたい。いや、丸井のお姉さんに聞かせるわけにはいかない。

困ったときはクマガイだ。土曜日の午後、いったん家に帰ってから、バスに乗って、クマガイの家に行く。

WESTONEを手にもってだ。タイトルは「ドキドキ」だった。聞いていたクマガイは、笑いを押さえてるのか

なんとも複雑な表情で、一応拍手だけはした。

「メロディは、ハッティキャロルの淋しい死ではなくて静でありますって言わなきゃ。」と言った。

「とりあえずさ、もうちょっとギター練習した方がいいと思うぜ。」とも言った。

クマガイが、やはり最近買ったYAMAHAのギターで元歌の静を歌った。歌は下手だが

ギターは僕とは全然違った。続けざまに、落陽も歌った。いつの間にこんなに練習してたんだ。

僕には敗北感が残った。クマガイのお母さんに夕飯を勧められたのだが、

完全に俺の方がギターはうまいという優越感に浸っているクマガイの家族に施しは受けたくはない。

それは断った。

でも、たまたま家に帰っていたクマガイの兄貴が、車で送ってくれるというのは、素直に受けた。

クマガイの兄貴が車の中で「さっきの”ドキドキ”だけどさ、意外といいんじゃない?」

ん?それって慰めてるのか?マジ褒めてるのか?

「高校生らしくてさ。そのうちいろんな経験を重ねれば、いろんな言葉を操れるよ。」

クマガイと夕飯は食べたくなかったが、クマガイ兄とは食べても良かったなと思う。

家の近くで車を降りた。夕焼けが終わりかけてる。青い空が赤く染まって、そして暗くなってる。

しぼったばかりの夕日の赤が・・・ふと口ずさんだ。

経験か。そうだな。今はこれでいい。でも、やっぱりギターはうまくなりそうもないな。

 

あの日の情景を思い返し、僕はこのまま家に帰る気になれなくて車を、走らせた。

 

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