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2023年11月11日 (土)

季節は巡る。

一つ訂正させていただこうと思う。

前記事中の”言上”は、言い方が違うなと気が付いた。

それを言うならば”奏上”ではないかと。

 

夏が終わらない・・・と思っていたら、いきなり晩秋のような空気感。

いくらデジタル時代とはいえ、自然の移り変わりは、アナログが良い。

人間は着たり脱いだりで調節できるけど、動物は対応できないよ。

猫は、この寒くなる感じを察知して、外へ出て行こうとしない。

素晴らしい対応力だと思うよ。

 

先ほど大橋純子さんの訃報を知る。いやいや、ついこの前までは親世代の訃報に

時代を感じたけれど、今年は兄貴姉貴世代の訃報に触れる。

大橋純子さんなんて、姉貴世代と言ってももう同世代と言っても感覚的にいい感じ。

平均寿命は飛躍的に伸びてきたって言うのに、なぜかこの音楽に携わってきた方々の

旅立ちが早すぎる気がする。

永遠なんて言葉は嘘っぱちだけれど、せめてそいつが嘘だなんて気づかずにいさせてもらいたい。

笑えさとりし人ヨ そんな気分です。

 

しかし、なんですななぁ、街から吉田拓郎の文字が消えてはや一年になろうとしてるのに

まだ、ラテ欄で吉田拓郎の文字列を探し、ターンテーブルには”ahー面白かった”をのっけたまま。

時々、散々こき下ろしたLOVE2の最終回を再生して、何かの間違いで、もしかしたら、ひょっとしたら

うっかりまたやろうかな?なんて気分にならねぇかなと願ってる君。そう、君だよ君。

安心してくれ、僕も同じだ。みんな同じだ。

永遠に同じだ。

今日もまた僕はさすらえず、君もまた旅立てないでいる

岡本氏の言葉が突き刺さる。

そうは言っても、廃線になったローカル線の小さな駅舎にたたずむ気分は、悪くない気もする。

まぁ、グダグダと言っても、吉田拓郎抜きで一年生きてきたのだ。

大丈夫、来年もこの調子で行けると思う。

今年も残り一月半。やり残したことをやろうと思ってます。

次の更新は・・ひょっとしたら暮になるかもしれん。

 

 

 

 

2023年11月 4日 (土)

悪態をつく

”戦争の親玉”を聞きながら、ベッドにもぐりこみ眠る。

世界中の親玉たちに悪態をつきながら、やわらかなベッドに横になる。

数えきれない罪なき死を悼みながら、初恋の人の夢を見る。

夕方のニュースは知らない人の命の終わりを、テレビゲームの中の出来事のように

伝えて、すぐに季節外れの暑さの中、評判の店の行列を流していたっけ。

すべては遠い世界の出来事のように。

そうなんだ、気になる事はガソリンと灯油と電気の値段。

ごめんよ、僕にできることなんかない。”戦争の親玉”の訳詞を見ながら

悪態をつくだけ。

 

 

当地の市からのメールで、最近クマが出たので気を付けてと言うのが時々ある。

まさか市街地には来ないけれど、山に近い地区で見かけるらしい。

サルが出没ならば、まだ何とかなりそうな気もするけれど、さすがにクマはやばい。

クマを殺すな!っていう声をあげてる人が全国にかなりの数いるという。気持ちはわかる。

しかし、被害を考えると駆除やむなしとも、思える。

一番の解決策は、クマにこっちに来るなと教え込み、平和的に解決することだ。

だけどそれは無理。だって、クマだよ。クマモンじゃないんだぜ。

 

若い頃、真冬1月の末に北海道を旅した。旅の最後の方で、日本海側の増毛から雄冬まで海路を行く。

新雄冬丸は恐ろしいほどに揺れて、船酔いどころの騒ぎではない。雄冬港についても、気持ち悪いのは

回復せず、トボトボと国道を歩いてバス停を探す。雪で出来た街並みを歩く。探し当てたバス停の時刻表。

次の出発まで2時間近くあった。たまたま、回送してきたバスの運転手さんが親切な方で、待ち時間を

運転手さんの休憩所に案内してくれて、過ごさせていただいた。

バスの運転手さんにいろいろお話を伺ったのだが、大体忘れた。しかし、クマの話は覚えている。

北海道はヒグマだ。増毛には昔、恐ろしいヒグマの事件がある。有名なのは三毛別クマ事件だ。

現場はもっと北寄りらしいが。細かい話は忘れたが悲惨な事件を聞いた。増毛にも人食いクマが

いたという。今ネットで検索すると、忘れちゃった話がちゃんと載っている。

しかし、バスの運転手さんは、のほほんと言ったのを覚えている。「今どきクマなんか見ねぇ」

あの頃は、クマの数も減っていて街の中で見かけるなんてことは、まずなかったらしい。

そして、その数年前に夏の北海道をうろうろした時に、駅そばで有名な音威子府駅で、これまた

時間待ちをしていた。確か、夜の八時ごろ。家に公衆電話から電話をして駅舎に戻ると、どこで

吞んできたのかいい気分のおじさんがいた。旅の途中の地元の人との話。気のいい酔っ払いおじさんは

楽しかった。そして何かの拍子でクマの話になった。おじさんは、クマなんて見たことねぇと、宣う。

しかし・・・山仕事で山の中にいた時に、まだあったかい糞を見つけた時には、**玉が縮み上がったと

本当かウソかわからないが、笑ってた。

人の隣に、クマはいたんだ。昔から。北海道では。

何かのバランスが狂っている。あの頃、クマなど見たことがないと言っていた北海道でも、市街地に

現れている。

本州でも人の隣に現れている。そしてクマが人を襲う。

一体どうなっちまったんだ?そもそも、人とクマは敵同士じゃないだろう。

争わなくてもいいのに、死ぬか生きるかの争いになる。

人を殺せと命令する親玉もいれば、クマを殺すなと言う親玉もいる。

人間てのは勝手だぜと、また悪態をつく。

 

 

さて、園遊会。なぁんでユーミンよ?誰が選んでるんだ?宮内庁か?

漫才師や将棋指しが招待を受けてだよ、なぜ日本の若者文化の潮流を

変えたというか作ったというか、とにかく偉大なる文化人「吉田拓郎」が

招待されない?おかしいだろうよ!

天皇陛下に奏上仕る。陛下は小生と同学年でございます。同学年という事は

文化的には同じ時代を駆け抜けたのでございます。

確かに、田舎の中高生でした。しかし、学習院だってなんだって同じ世代。

同じような話題で盛り上がったことだってあったでしょう。

学習院とて、結婚しようよを歌うやつは、いや歌うお方はいらしたでしょう。

悲惨な戦いを歌う3人組はいなかったとしてもですよ。

あのつま恋コンサートだって、話題の一つにもなったでしょう。

それともお忘れになったのありましょうか?

ひとこと、ひとこと侍従の方に「吉田拓郎に会いたい」とおっしゃっていただけたら

小生、正月参賀に馳せ参じます。

まったく宮内庁には、吉田拓郎ファンはいないのかよ。ん?省庁推薦だと?

それじゃぁ・・・誰かいないのかよ、これだけ拓郎ファンがいるんだから、一人くらい

どこかのお役所の超お偉いさんは!

毎年この季節になると、拓郎さんに、中央での”賞”をあげてくれないかと切実に思う。

拓郎さんがもらう。それはファンの喜びでもある。つまりは僕の喜びだ。

まったく、吉田拓郎を認めたくない奴らが、日本政府には、いるんじゃないか?

どいつだ!でてこい!と心の底から悪態をつく。

まぁ、孤高の歌手吉田拓郎ってのもイカシテルけどね。

 

 

 

2023年10月29日 (日)

Tシャツ

何故かおすすめ動画で見てしまった動画。

そこには・・・・

1978年のぎんざNOWを、Youtubeで見ていた。

途中、銀座の街中で、女の子二人がCMに出されていた。

そう言えば、昔は生放送中に街行く人にインタビューしてたなと

見ていたら、あれ?見覚えがある!

女の子ではない。ファッションにである。

左側の女の子は、白い胸元が開いたTシャツ。そこにはGRIP.13のロゴが。

そして、右側の女の子は、同じようなデザインのサーモンピンクのTシャツ。

多くは言わないが・・・

偶然とは恐ろしい。ちなみに18分ちょい前あたりだよ。

 

 

2023年10月27日 (金)

帰れコール

10月27日は、小生がこの世に生を受けた日であります。

誕生日と言うのは、自分を祝うのではなく母親に感謝する日だと

何かで読んだ気もするのですが、親に感謝したくても、すでになく

さすればやっぱり自分を祝うしかないと、コージーコーナーでケーキを買う。

今日一日、今日が僕の誕生日だという事を覚えていてくれてるのは、僕だけだという事実。

おめでとうと言われたくもない。言われれば、何をいまさらと悪態の一つも口にするけれど

それでも内心はうれしい。年齢カウンターがカチンと一つ上がることがうれしくはない。

めでたいはずはないのに、おめでとうと言われるとうれしい。

結局のところ、”いくつになってもhappy birthday”は正しい。

まっ、そんな複雑な気分で、誕生日である今日を過ごす。

結局、誰からも祝われず、数通の通販サイトからのメッセージが届いただけで帰路につく。

でも、帰りに寄った整形外科の受付の女の子が、会計の時に僕のデータを見て、顔をあげて言う。

「今日はお誕生日なんですね、おめでとうございますぅ」

「もう誕生日なんていらないよぉ」

「そんなぁ、おめでたいですよ。これからもずっとお元気で」

ずっとお元気でと言われるほどのカウンター数ではないけどね。

その昔、帰れコールにさらされた吉田拓郎が、たった一人の女の子の「帰らなくていいのよ」という

声援で、やる気になった気分とは、こういう感じなんだろうなとふと思う。

たった一人でも、自分の誕生日を知っておめでとうと言ってくれた。

おめでとうって嬉しいよ。で、ケーキを買って帰って来たという次第なのさ。

 

訃報が相次ぐ中、ちょっとは明るい気分になれたかい?

 

 

2023年10月18日 (水)

あなたを送る日

またやってしまいました。昨夜・・・・

ちょいとアリスに批判的な記事をしたため、とりあえず保存をと思って

クリックしたのが、「記事を書く」がーーん。

一時間かけて書いた文章が、跡形もなく消えていた。

あぁ、これはきっと亡くなった谷村氏の魂が、そうさせたんだなと思い

書き直すのをやめた。

あらためて。

読売の朝刊を開くと、石田弘氏の谷村氏への追悼の文章が載せられていた。

まぁありきたりの、称賛の記事だ。どうでもいい。そこじゃない。

その記事の下に、そっと載せられていたのは、サブチャン!言っておくが片島三郎ではない。

北島三郎さんからの追悼記事だ。はぁ・・・北島三郎・・・

交友関係の広さに驚く。

いわゆるフォークソング仲間からの追悼記事なんざ、どうでもいいのだ。

武田鉄矢は、こんな時でも、「どこまでホントで、どこからウソ」なのかわからない記事を

載せている。ばんばひろふみ、イルカ、三宅裕司・・

もちろん小川知子さんとか加山雄三さんとか、嘘偽りなく「いい人」だったんだろうなと思う。

ふと思ったのは、谷村新司氏個人は認めてたけど、アリスは嫌いだったんじゃないのかな?拓郎さん。

あとの二人とは、レベルが違うもんな。ただどすをきかせるだけのなんちゃって演歌歌手と

金がなくなると、救済コンサートを開かせてたドラマー。好きになる要素がないよな。

いま、きれいごとでなんかコメントしてるけど、アリスの中では相当いがみ合ってたんじゃないの?

あっ、昨日消してしまったアリス批判に近づいてしまった。

アリスは嫌いだけど、谷村新司は認めてたと、だからあの番組が成立したんじゃないかね?

ってところで、お茶を濁そう。

 

いろんなミュージシャンがこの世を去る。そういう年代に差し掛かってきた。

そいつは、今に始まったことじゃなくて、大昔から一つの時代が避けられぬことと

繰り返してきただけだ。

いつかその日が来ると思うと、そう、その日だよ。

別の事を考えて、のんきに行きたいと思うのです。

 

2023年10月16日 (月)

長風呂

ようやく狭窄症も落ち着いて、歩く速度も以前のようになってきた。

足の指の骨折も何となく腫れが引いてきたみたいで、もう少しの我慢。

どうやら長かった夏も、ようやく終わって本格的な秋が来た。

今年は、来ないんじゃないかと思ってたけど、やっぱり来たね。

こうなると、さすがにシャワーだけで済ませて、寝ちゃうと言うわけにはいかない。

さすがに風邪ひきそうになる。

41℃のお湯に入浴剤を入れた浴槽に肩まで浸かって、拓郎を聞く。

そうそう、これがやりたくてスピーカー付きのユニットバスにしたんだよ。

今宵は、”午前中に・・・”を聞く。ガンバラナイか・・そうか、そういう選択肢もある。

いやね、まぁいろいろ考えることもありますよ。まぁだ、頑張れるけれど

そういうことは、果たして正解なのだろうか?自営業ではないのだから、終わりは

自分で決めることもできるけれど、向こうから、そろそろ・・という事もできる。

老いと言うのではなくて、衰えという事を実感することが多い。

例えば骨折にしても、若い頃なら骨も丈夫で、折れなかったかもしれない。

一番感じているのは、ゲームだね。プレステ5を導入して、夜な夜なゲームにちょっとのめりこむ。

アクション系の操作が、ちょっと前なら簡単にクリアできたものが、もたつく。

あぁあと思う。そんな些細なことで、なんとなく感じることが多い。

綱引きの向こう側に、頑張る自分がいてこちら側にガンバラナイ自分がいるようだ。

 

雨の中を歩けば 気が付くことがある

 

十数年前の拓郎が、軽やかに歌う。十数年前の拓郎は、今の僕だ。

あの頃、気が付かなかったことがある。でも時を経て気が付くことがある。

確実に拓郎の足跡をトレースしている。この前はそれがとても嫌な気分だった。

だけどね、拓郎の足跡って誰もがたどる道なんだね。それを拓郎は歌ってきただけなんだなぁと思う。

拓郎のエピソードは辿ることはできない。だけどそれに並行する生き方は辿ることができる。

それが、とても嫌な気分になったこともあるけれど、目をつぶって湯船に浸かり

ガンバラないけどいいでしょう、と聞いていると、それもいいかと思う。

長湯をしすぎて、あなたを送る日になった。

 

あの頃わからなかったことも今は胸にしみる

いや、本当にしみるよ。

拓郎さんが表舞台から降りて、もうすぐに一年がたつ。

なんか、このまま世間から吉田拓郎と言うワードが消えて行っても

別に腹が立たない気がする。このまま話題に上らない方が、いい気もする。

だってさ・・・

 

 

谷村新司氏の訃報が、ニュースとして飛び込んでくる。

拓郎ファンの立ち位置としては、ハンドインハンドなんてくそくらえと

嘯いてはいた。そんな日々も懐かしい。

合掌

 

 

 

 

2023年10月10日 (火)

ラグビーファン

悔しいというか、力の差だから仕方ないというか、いずれにしても惜しかった。

ラグビーW杯の日本代表。いい男たちだ。バレーボールの男子がオリンピック出場を

決めたんで、波に乗って・・と思ったのだが、甘かったなぁ。

高校時代、体育の授業でちょこっとやらされたのでルールなんてのは、うろ覚えだけど

何となくわかるし以前仕事の先輩に、高校時代ら花園を目指した方がいて、

ラグビーの魅力をいつも語っていたりしたので、どちらかと言えばサッカーよりは

ラグビーの方が魅力を感じる。

One for all All for one 一人はみんなの為に みんなは一人(一つ)の為に

しかし、なんでこんな素晴らしい精神を持ちながら、どこぞの大学のラグビー部は

何やってんだろう?まさに、この精神を煙に巻いたって事か?

うむ、いいオチだ。

 

そのラグビー、選手もだけど応援してるファンも「大人」が多いな。

年齢で言う大人ではなくて、精神的に大人。この辺がサッカーと違うんだなと思う。

たまにはあるのかもしれないけれど、選手を貶さない。なにやってんだよ!みたいなね。

サッカーってよくあるでしょ、ファンが自分ではできもしないくせに、選手をなじる。

やじるんじゃなくて、なじる。あれって、聞いてても見てても嫌なもんだ。

ラグビーじゃそう言うのを僕は、見たり聞いたりしない。

いかに、ラグビーと言う競技が体力的にも大変なものか知ってる。

大男たちが、一つのボールを巡ってぶつかり合う。これがどんなに大変なことか。

よーーく、理解して、応援をしてるんだな。

 

僕ら拓郎ファンは、どうなんだろうと思う。

サッカーぽいのかな?ラグビーぽいのかな?バレーぽいのか?

それともフィギアスケート?

昔は、サッカーぽかったな。なんで落陽やらねぇんだよ!だめじゃん。

いやぁ、外白はいいんだよ!拓郎わかってねぇなぁ。なんてね。

で、そのうちに、昔の娘さんがお年を召して、羽生弦を見るかの如くのライブ会場。

やっぱり、最後の方はラグビー・サッカーバレー入り乱れてたなぁ。

僕は、本音を言えばラグビーファン体が根底にあるけれど

皆さんの期待に応えてサッカーファンのようにふるまう。

吉田拓郎としては、理想のファン像って一体どんなんだったんだろう?

しまった、それをDJやってるときに質問しとけばよかった。

 

しかし、それにしても、リーチ・マイケルっていい感じだな。

 

2023年10月 8日 (日)

副学長!

埼玉県川越市の尚美学園大学にJポップの資料を保管するライブラリーとかが開設されたそうな。

なんで?

評論家の、あの富澤一誠氏がこの大学の副学長だそうな。なるほど、それでか。

富澤氏の収集した関連資料を収蔵したとか。

さては、富澤氏!保管場所がなくて大学に持ち込んだか。

尚美学園大学メディアセンターには「富澤一誠Jポップライブラリー」ってのがあるそうな。

その中のファイルには、75年のつま恋のコンサート企画書もファイリングされてるんだってよ。

ちょっと見せてよと思い、記事を読んでたら、一般公開はしてなくて同大の学生なら自由に

見られるそうなので、願書を出して入学試験を受けてみるか?

 

いや、こういう資料こそ富澤さん!国会図書館に寄贈してくれないか。

学生だけじゃなくて、広く一般に知らしめるべき資料だ。

もしくは、例の足柄郷土資料館で公開・・・するわけないか。

 

2023年10月 1日 (日)

こころ旅

欠かさずってわけではないけれど、NHKBSでやってる”こころ旅”を見ている。

火野正平さんも、70歳をとうに超えているというに、チャリオ君とともに

頑張っている。さすがに坂道はきついらしい。そこは、スタッフが気を遣って

工夫しているのが、ほほえましいし、チームこころ旅と言う雰囲気を醸し出している。

気心が知れているって感じか。例えるならば、80年代初頭の拓郎バンド。

見ている側も、プレイしている側も一体となってる感じ。会場全体がチーム拓郎と

そういった感のあったころ。

まぁ、確かにね、武部だ鳥山だって参加して、演奏自体の質は上がったかもしんないよ。

WANGAN LIVEを見ていると、すっげぇなと思うわけです。プロの集団。

絶対にハプニングが起きない。井口が思いっきりとちってくれましたぁなんて、絶対ない。

それはそれでいい。ただ、狂いもしない電気時計は、音もたてずに時を刻むと歌ってたが

ライブになっちゃうと、なんか今思うと物足りない。

シールドが抜けちゃった、青山の”あれ?”顔が好きなんだよな。

野球もサッカーも、今旬のラグビーも、監督やコーチの作戦通りに進めば、実力の差は

明白なのでやる意味がない。そこに人間としてのエラーやイレギュラー、そういった

ハプニングが起きるから面白い。

こころ旅もいろんなハプニングが起きる。そのたびに”チームこころ旅”は助け合い

笑いと微笑みにかえる。正平さんの無理がない程度に、これからも続いてほしいなと思う。

 

今朝こころ旅を見ていると、北海道を走っていた。

列車の中で、正平さんが手紙を読む。最近は明らかにプリンターで印刷したお手紙が多い。

しかし今朝のは手書きだった。地図も手書き。奇麗な文字だった。平仮名は平仮名らしく

漢字は漢字らしく、大きさにもメリハリがあり読みやすく、なんというか頭の良い人が

書いた文字って感じだった。こういう文字に憧れる。どうしたら、あんなふうに書けるんだろう。

自慢ではないが悪筆である。自分で書いて、なんて読む?といった具合である。

世の中にワープロが出始めて、すぐに飛びついたのは当たり前の事だった。

あれから随分、時は経ち、物を書くって時はパソコンの前が多い。手書きなんぞは、日々の

日報くらいだ。書かなくなれば悪筆は進む。漢字も忘れる。あぁそれは年のせいもあるけれどね。

真剣に思うのは、リタイアしたらペン習字講座でも通うかという事。

いつか、火野正平さんに手書きの手紙で、”残しておきたいこころの風景”の手紙を送るんだ。

掛川駅で降りてもらって、チャリオ君をとともに田んぼ道を通り過ぎて

つま恋の中を走り、あの芝生の上で手紙を読んでもらう。

間に合うだろうか?正平引退までに・・大谷じゃないよ。

 

箸休め

このブログを応援してくださっている、広島のK氏。

インスタでも繋がっている。僕はインスタには猫の画像が主体なのだが

彼は、およそ家族とのやり取りが主体だ。以前足を怪我されて、だいぶ入院されて

ようやく退院できたと、喜びの画像を多く投稿されていたのだが、先日再入院。

なにやら、どうも具合がよろしくないと投稿されてから、早2週間。

どうも、インスタに投稿できる環境にはないらしい。心配は尽きない。

「楽しかったことを考えてがんばれ」というようなコメントをしたけれど

大丈夫かな。

そういう僕自身も、それほどいい状態ではない。相変わらず狭窄症に悩まされている。

痛みはない。ないけれど左足の違和感は。いかんともしがたい。階段を昇るのが

なんともつらい。力が入らんのよ。おまけに、先日は右足の小指を角にぶつけて、骨折。

泣きっ面にハチとはこのことだ。医者のいう事には、力がかかるところでもないし

大体2か月で腫れが引いて、3か月でくっつくんじゃないか‥だと。

順調に老化の道を進んでいることだけは、間違いない。

家の周囲では、黄金の絨毯の上を飛び交う赤とんぼの意思を無視して、稲刈りが進む。

通りすがりの人は、秋だなと思うかもしれんが、こちらはとんでもない。

もみ殻は飛んでくる、乾燥機で細かいごみは飛んでくる、もう埃だらけだ。

泣きっ面にハチにおまけにブヨだ。

いや、愚痴が多いな。

 

まぁ箸休めってことで、今日はおしまい。

 

 

 

 

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